载着几位乘客的公共马车从屋顶旁隆隆驶过。即便夜深时分,大街上仍行人往来,那些看似刚看完戏剧或从俱乐部归来的衣着体面人士正漫步街头。
"今晚的谈话很有意义。要是每次都能这样就好了"
身披挺括的晚宴外套大步前行的亚双义,带着心满意足的口吻说道。他那血气充盈的脸颊比平日更为光彩照人,丝毫不掩饰愉悦之情。望着这般模样的他,班吉克斯也不禁莞尔。
二人刚与在美国担任法官的男子共进晚餐归来。那位为参加女儿婚礼而来到本国的男子性情爽朗讨喜,似乎一眼就相中了这位胸怀热忱的东方青年。亚双义似乎也很欣赏对方毫不做作的态度,今晚的宴席可谓相谈甚欢。
至于班吉克斯在席间的角色,不过是边为二人补充专业知识边悠然啜饮波特酒的闲适存在,对此他毫无异议——若能永远如此便再好不过。
"美国啊,真想去见识一次呢"
对于一个对海外充满强烈兴趣的年轻人来说,能够接触未知国度的司法与文化无疑是令人愉悦的时光。亚双义将手插在口袋里踏响鞋跟,目光投向远方。被煤气灯映照得闪闪发亮的眼眸里,或许正驰骋着那条横贯大陆的漫长铁路。
班吉克斯凝视着他的侧脸,莫名感到怀念。自己同样未曾有过渡海赴欧的经历,但或许是因为积攒了太多知识(抑或另有缘由),早已无法像那样对未知事物眼含憧憬。只是将眼前身影与曾经同样意气风发的自己重叠,衷心祈愿映在亚双义眼中的未来能更加开阔。
"夏季会有休假。不妨利用这个机会去看看"
"哎呀呀,看来鼎鼎大名的检察官阁下并不了解留学生的经济状况呢"
对方投来一个"你认真的吗"的无奈眼神,我下意识想反驳说可以接受援助,话到嘴边却卡住了。毕竟能想象到,这种既非必要开支的款项他肯定不会收下。
"去年这时候,阁下不也是身无分文就横渡大洋了吗?既然如此,金钱应该不成问题才对"
"那是紧急情况下的权宜之计,平时根本不可能...不,倒也不是完全不可行。如果只是到纽约的话甚至不用转船,而且经常能看到招工启事..."
本是玩笑话却被过分当真,我不由露出苦笑。
在亚双义开始苦恼地用手指抵着下巴时,我漫不经心地想着——若他真要启程远行,作为留学生必须办理暂时离境的繁琐手续。这种程度的麻烦倒也算不上什么。
班吉克斯用手杖敲击着石板路面。由于整日晴朗,那清脆高亢的声响听着格外悦耳。
"若我申请休假,你呢?"
没料到会被这样询问,我微微偏头。他继续道"是在问你要不要一起来",那口吻轻松得仿佛玩笑的延续。
那时似乎有某种渴望从思维深处渗出。但在意识到之前便已消散。这大概是多年养成的习惯吧——在渴望成形之前就认定其不该存在。
"我暂时无法离开伦敦。必须向市民证明中央刑事法庭仍在正常运作。"
“……”
面对这公式化的回答,亚双义一边眉毛微微下沉,无聊地轻哼一声。他的手无意识地伸向佩刀刀柄。短暂垂眸后,又立即重整精神抬起视线。
"那就到此为止吧。比起在船上耗费数十日,此刻留在你身边似乎更有收获。"
“这样啊”
“明年,后年……只要愿意,机会要多少有多少吧”
“……到那时候‘一个留学生的经济状况’或许也能改善些”
“你说得对。啊,还有九月初的考试。现在考也有把握通过,但为求万全还是想先专注备考”
虽然略显自负,但他能坚定地凝视自己的道路这点令人欣赏。那稳健的步伐甚至让人感到炫目。
话题随后转回今日的会餐,两人再度讨论起在美国引发争议的那桩判例。席间为顾及美国法官的颜面不得不斟酌词句,此刻彼此直率的言辞让班吉克斯觉得有些可笑。
亜双義もそう感じているのではないだろうか。彼の唇に浮かぶ笑みは皮肉っぽいが気安くて、こうして他愛なく話をしているとまるで親しい者のようだ。当然これは思い上がりであり、薄氷の上に成り立った危ういものとわかっている。
前方では燕尾服の紳士と黄色いドレスの婦人がガス灯に照らされながら手を組んで歩いていた。近付いてきた夏の気配が色濃い夜で、昼間の日だまりが地上に穏やかに漂っているのを感じる。行き交う人々の足取りもどこかのんびりしており、清々しい夜を堪能しているように見えた。
バンジークスは目を細め、もう少しこの時間が続けば良いと思った。今隣で上機嫌に喋っている男と、他愛ない話をもう少しだけしていたい。現状のロンドンを放って海外へと休暇を取りに、などとは望むことさえおこがましいが、この程度の願望なら抱いても許されるように思えた。
そこでバンジークスは英国人らしい誇り高く不器用な気質をもって、頭の中で口実を探し始めた。屋敷に誘う理由になるような、若者のための良い夜食は用意できるだろうか。読みたがっていた書物はなかっただろうか。会話が途切れたことにも気が付かず、考え込む。
「……キサマ、話を聞いていないだろう」
亜双義がこちらを睨む気配で我に返った。ぱちりと目が合い、バンジークスは相手の鋭い眼力に後ろめたくなって反射的に視線をそらす。しかしすぐに、いやそうする必要もあるまいともう一度視線を合わせ直した。口実が見つかればそれを口にしていただろうが、生憎思いつかない。代わりに困ったように小首を傾げ、ぎこちなく目元を和らげた。
すると今度は亜双義の目線が一瞬泳ぐ。彼は動揺に負けまいと喉を鳴らし、力強くうなずいた。
「わかりました。今すぐに?」
「今すぐ、か……そうだな。もし、この後貴公に予定がないのなら……」
「オレは構わん。ではこちらへ」
どうやら利発な青年はわずかなやりとりで意を汲み取ってくれたらしい。鋭いので助かる。
バンジークスは大通りから暗い横道へと入った亜双義について行くのに、何の疑問にも思わなかった。わかったと言ったのだから何を疑うことがあるのだろう。道を曲がり、斜面を下り、日々どこかで建築工事が進められるこの帝都で把握しきれていない路地裏を歩く。一つ道をそれるたびに暗がりは濃くなっていった。
亜双義は大人三人がやっと並べるほどの細い袋小路で足を止めた。明かりはなく、錆のような臭いとしんとした静寂が周囲を包んでいる。行く先を阻む塀は黒々として、空まで届きそうなほど巨大に見えた。
「ミスター・アソーギ、ここはどこだろうか」
バンジークスは落ち着き払った態度でそう尋ねた(彼はここに至ってもまだ、多数の暴漢に追われたとき戦いやすそうな場所だ、などとのんきに考えている)。
質問の答えは返って来ない。亜双義は無言で周囲を見回して人気がないのを確認している。そして突如バンジークスへと振り返ると、クラバットを引っ張り唇を重ねた。
「!?」
驚愕によろめき、煉瓦の壁に背をぶつけた。亜双義は深く口付けようと背を伸ばす。肩を掴まれ、舌が割り入ってきたと同時に後頭部に鈍い衝撃を受けた。シルクハットのつばが頭の後ろでひしゃげるのがわかる。
口付けの際は目を閉じるのが作法だと考えているバンジークスは反射的に瞼を閉ざしたものの、急な状況にまったく思考が追いついていない。驚愕に縮こまった舌を相手の舌に絡めとられ、乱暴に擦り合わされる。
火傷しそうなほど熱いと思う。舌が口蓋を撫でて唾液が混ざり合い、貪られるように温度が曖昧になっていく。酸素が足りず頭に靄がかかり、残るのはただぼうっとした心地良さ。それ自体は嫌いではない。そう、もしここが野外でないならば。
バンジークスはステッキを握った手で亜双義の肩を叩いた。
「っは」
「ッふう……」
唇が離れ、暗がりの中ごく近い距離で顔を合わせた。荒い呼吸が唇にかかる。上体はぴたりとくっついて、相手のやけに大きい鼓動の音が聞こえてくるようだった。獰猛さを滲ませた声色でバンジークス卿、と名を呼ばれ、バンジークスは目を瞬いた。
彼が何故こんな人気のない路地裏まで自分を案内したのか、ようやく察しかけている。しかし信じられなかった。
何故か、この若者はたまにこうやって関係を求めてくることがある。理由はわからない。だが初めて床に引き倒されたとき、驚愕と困惑を感じながらもバンジークスは拒もうとはしなかった。
亜双義の内にある炎のような獣性と、それ以上に強い克己心については早い段階で知っていたし、気にかけていた。亜双義が傍らに立つようになってから何度もこちらを手助けしてくれたように、力になりたいと思っていた。
だからそんな彼が肉欲に振り回されて苦しんでいるなら、そして生真面目な性格から、どこにもその吐け口を見つけられないのなら。しがらみのない身であるし肉体の一つぐらいなげうっても構わない。鬱血した噛み痕に自ら手当てをしながら、バンジークスはそう結論付けた。今から三ヶ月ほど前になる。
だが今夜は違うだろうと思う。望むときははっきりとその意思を伝える男が、今まで少しもそんな雰囲気を見せていなかったのだ。
思い過ごしならば良いと願ったとき、亜双義が腰を下げろと言わんばかりにこちらの脚を割り開いて腿をねじ込んだ。太腿が股間をぐいぐいと押す。
そればかりかスラックス越しに性器を握りしめられ、バンジークスは卒倒しそうになった。血の気が引くような、頬が上気するような混乱した感覚に襲われ、全身が硬直し抗議の言葉さえ浮かんでこない。
「な、何を……」
「何をも何も、貴方が望んだことだろう」
「私が……?」
「そうだ。安心しろ、日本男児は相手に恥をかかせたりはしない」
まったく理解できず、ただもう一度「私が……?」とこぼした。
慌てて脳を回転させて、望んだのかと自問する。いや望んでいなかった。頭の片隅にさえそんな不埒な考えはなかったと胸を張って言える。では誤解させるような物言いをしてしまったのか。どこで? とバンジークスが自らの言動を振り返っている間に、亜双義はこちらのベルトを外し素早く手を突っ込んだ。
「っ!」
性急な行動に肩がこわばる。硬い手の平がドレスシャツの長い裾をかきわけ、直接性器を握った。作法も何もない荒々しい手付きでまだ柔らかいそれを揉まれ、急所への刺激に心臓がどくんと大きく跳ねた。息が詰まる。
「なっ、き、貴公……んっ!」
靴底が地面を滑り、力が抜けそうになる体を地に突いたステッキで支えた。壁に押し潰されたコートは煤と石灰塗れになっているだろう。おそらく廃棄しなければならない。ああ、そして服の心配をしている場合ではない。
亜双義はペニスをぐにぐにと揉む手の動きは止めないまま、空いた左手でバンジークスのコートとベストのボタンを強引に外し、クラバットに手をかけた。片手では上手く外せず結び目を固くするだけで早々に諦め、むきになって腹いせのようにドレスシャツを引っ張る。音を立てて糸が引き千切れ、白いボタンが暗がりに飛んでいくのをバンジークスは呆然と見送った。
間髪入れずにシャツの隙間から手が差し込まれる。汗ばんだ手で脇腹から胸をなぞり上げられ、ぞくぞくと背筋が震えた。ためらいなく胸筋をまさぐる指に肌が粟立つ。
「ッ……待て、落ち着け」
「わかっている。オレに任せろ」
「いやわかっていない。一旦手を離し」
「ここまで来てウダウダ言うな、腹をくくれッ!」
狭い路地に怒声が響き渡り、バンジークスは頭が痛くなった。慌てて周囲を見回すが、変わらず人気はない。目の前の建物は廃屋だろうか。長い間開かれた形跡のない鎧戸は静まり返っている。
どうやら誰にも聞き咎められなかったようだ。そう安堵した瞬間、ペニスがずくりと熱くなるのを自覚してうろたえる。状況に追いつかないのは精神だけで、刺激を受けた肉体は少しずつ反応の兆しを見せていた。
「待て、本当に、ミ、スター……ッ、ぅ、くっ……」
勃ち上がりかけたペニスに節くれだった指が絡む。射精を促すためのシンプルな動きで竿全体を上下にしごかれれば、気持ちが良いと感じてしまうのはもうどうしようもないことだった。
バンジークスは左手で亜双義の肩を軽く押し返した。しかし頭に血が上っているのかまったく意に介されない。彼はこちらと視線すら合わせず、眼下でぶら下がる乱れたクラバットを邪魔そうに睨んでいる。バンジークスの顔は焦りで青ざめた。誤解させてしまったのか、と衝撃がまだ尾を引いていて力付くで拒むのも抵抗があった。
シャツの内にある手が柔らかい胸筋を揉み、突起を指で捏ねた。強く摘ままれると思わず鼻にかかった吐息がもれる。甘い刺激を受け入れようと勝手に高まる肉体を否定したくて、身じろいで唇を引き結んだ。
ペニスをしごく指が雁首にかかるたびに息が詰まり、内腿がわずかに痙攣する。徐々にくちくちと微かな水音まで聞こえてきて居たたまれない。
「……く……っ、ッは、……んッ!」
濡れた親指に裏筋を柔く引っかかれ、びくりと腰が跳ねた。亀頭から先走りが溢れ出す。滴る粘液を掬い上げ、ぬるぬると小刻みに動く手が気持ちいい。股間に血が集まり視界がぼやけ、流されるままに果ててしまいたくなる。
だが例え周囲が無人であろうと、ここは外である。バンジークスは自制心を奮い立てて亜双義の手首を強く握った。首を左右に振る。
「……だめ、だ」
ようやく静止の声を上げられてほっとした。それでも亜双義は強引に手を動かそうとしたが、バンジークスもこれ以上許す気はない。ぎり、と力が拮抗して微動だにしない手首を見下ろし、亜双義は不服そうに眉を寄せた。
「何故止める」
「ここはどこだと思っている……」
「怖気づいたのか? そもそも屋敷に帰るまで待ちきれないと言ったのは誰だ」
「知らぬ、誰だそれは……。万が一他人に見られたら、貴公まで──っ!?」
まだ話の途中だというのに、中指が敏感になった鈴口をぐり、と抉った。痛いほどの刺激に喉の奥から声にならない悲鳴がもれ、手首を抑える力が緩む。
すかさず亜双義は音を立てて屹立を激しくしごいた。耳元で嘲笑するような息がかかり、ぞわりとした感覚が背筋を駆け上る。射精欲が一気に高まり腰が引けた。
「ぅ、まっ……、まて、と……っ、言って……!」
だめ、だめだ。尿道をせり上がる感覚を堪えようと足掻くが、難しいとわかっていた。陰嚢がきゅっと縮こまり、逃げ場を求めて壁に腰を擦りつける。慌てて亜双義の手首を掴む手を離し、己の口を覆った。
「ッ、くっ……──~~ッ!」
上がりそうになった嬌声を無理やり手で抑え込む。ぶわりと全身が総毛立ち、勃ち上がったペニスから熱い飛沫が飛んだ。腰が勝手にびくびくと跳ね、強い快楽の波に目の前が白く明滅する。その中で、必死に声だけは出さぬように努めている。
「────はぁっ、はぁ……はぁ……」
バンジークスは肺の中の空気をすべて吐き出してしまい、大きく肩で息をした。弛緩した体がやけに重い。もたれた壁からずるずると座り込んでしまいたいが、右手で握りしめたステッキに体重をかけてなんとか立っていた。
胸の内を占めるのは虚脱感と、外で達してしまったという罪悪感だった。暗くて確認出来ないものの、きっと相手の衣服を忌々しい体液で汚してしまったのだろう。ふと被告人を見下ろす陪審員の冷たい無表情を思い出した。手で顔を隠して首をそらす。とても視線など合わせられない。
亜双義は勝ち誇った顔で目を細め、そらされた首筋に柔く歯を立てた。
「どうだ、満足か」
そしてまさか自分だけ満足してそれで済むとは思っていまいな、と威圧するように聞いてくるのである。射精直後で力の入らない太腿に、ごり、と熱く勃起したペニスを押しつけられて息を呑んだ。直接欲望を向けられることにいまだ慣れず、とっさに腰をよじらせる。すると精液に塗れた指が追い詰めるように会陰部を這い進んで後孔へ伸び、窄まりをつついた。
仮にも満足か、と聞いたのなら返答を待つべきではないだろうか。バンジークスはまだ乱れた呼吸を整えながら罪悪感と戦っており、少し時間が欲しかった。だが仮に待てと乞おうが、ああ満足だと答えようが引き下がるようにはとても思えない。
返答に困ってかぶりを振る。亜双義はそれを了承ととったようだった。
「……っ!」
指が一本、精液をまとわせてぬるりと後孔に潜り込んでくる。異物感はあるが痛みはない。指はゆっくりと括約筋をほぐすように孔の浅いところを出入りし始めた。指の腹が縁をなぞるたびにぞくぞくと細やかな快感を拾い上げ、同時にそれが苦手だった。慎重に縁を拡げようとする動きに嫌でもその先が想像ついてしまう。
バンジークスはぎゅっと目をつぶり眉間に皺を寄せる。勢いに任せて事を進める亜双義に対し、もはや諦めの気持ち、抵抗せずに早く済ませてしまおうという気にならざるを得なかった。自分だけ達しておいて相手に許さないのも心苦しく、頭に血が上っているこの男と争うのは不毛だった。ならばいっそのこと今は従順に身を委ねてしまったほうが早い。誤解を解くのはその後だ。
やっと身をすくませて大人しくなったバンジークスに亜双義は気を良くしたらしかった。本来入るべきでないものが、狭い腸壁内を暴くようにぐねぐねと動く。異物感に肩がこわばり、場所が場所であるという事実も相まって良い気分ではない。
「……ッ、っ……ぅ、あっ!?」
体内の指がくっと曲がり前立腺を押し上げたとき、明らかに艶の混じった声が上がった。バンジークスは慌てて手袋を噛む。手の甲の皮膚も巻き込んで強く噛みしめると、痛みと共に子山羊革の渋い味が口内に広がる。少しだけ安心した。
「この暗さだ、聞かれても貴方とはわかるまい」
「……っ」
「……それにこれでは、まるで無理強いしてる気分になるのだが」
「っ、──ッ、……ッ!」
紳士ぶった口振りとは反対に容赦なくぐりぐりとしこりを擦られ、とろけそうな衝撃が全身を走る。びくんと上体を仰け反らせ、だがもう声は上がらなかった。強情な、と呟いた亜双義の声は呆れと熱がこもっている。
静かな路地に声が途絶え、かすかな吐息と水音だけが響いた。亜双義はたまに指を抜きとっては唾を吐き捨て、再び挿し入れながら徐々にその数を増やしていく。
「──っ、! ……っ、ん……ッ!」
指先が内部を拡げようと押し上げるたびに体が跳ね、噛んだ手袋に唾液が染み込んだ。全身が火照り、痺れて、腰から力が抜けそうになる。不意を突くように胸元を弄られると喉奥が引きつった。危うく取り落としそうになったステッキを握り直す。すがるように体重をかけた。
精液や唾液を塗り込められた粘膜がぐちゅぐちゅと聞き苦しい音を立てている。腿に粘液が伝い落ち、ひやりとした感覚に目頭が熱くなった。性器でない箇所で快楽を拾っているという事実だけでも恐ろしいのに、こんな場所で未来ある若者に一体何をさせているというのか。
「も、ッもう……っ、いい……十分だ……」
バンジークスは倒錯的な行為に、そしてそれを悦んでいる己に耐えられず口から手袋を放した。唇は唾液で濡れ、細かく震えている。
「しかし……こうしないと後が辛いのは貴方だろう」
「き、っ、気にせずとも……いい」
必死に首を振って訴えると、亜双義から発せられる熱気がいっそう高まったようだった。だが彼は差し迫った欲望を意地で覆い隠し、さも余裕であるような笑みを浮かべた。目の奥だけが隠し切れない劣情でぎらついている。
「そう急くな、すぐに挿れてやる」
この男また何か勘違いしているのでは、と思ったが指摘する暇がなかった。泣きたい気持ちで諦めて再び手袋を噛む。
結局すっかりほぐれるまで丹念に後孔をかき混ぜられ、バンジークスはずっと声を押し殺して耐えなければならなかった。快楽を引き出そうと動く指先から意識を遠ざけようと苦心し、背後の壁の無機質な硬さだけが救いのようだった。最後に三本の指が奥までねじ込まれ、ずるりと一気に引き抜かれる。
「ッ! はっ、はぁ……」
急な喪失感にあえぎ、深く呼吸をすると乾いた喉がひりついた。頭は酸欠で目眩がする。煽るだけ煽られて開放されなかった熱が腹の内をぐるぐると蠕動し、心臓は早鐘を打ち鳴らしている。
亜双義は帯剣用ベルトをずらし、興奮に焦る指でスラックスの前を寛げた。窮屈な下穿きから開放されたペニスは既に硬くそそり勃ち、先走りで濡れて脈を打っている。軽く掴むとぞんざいに数回しごいた。
「脚を上げろ。上がるだろう?」
もはや言い方に難癖をつける気力もなく、壁に背を預けたまま大人しく右膝を持ち上げる。亜双義はスラックスを剥ぎとると膝裏を抱え込み、ついでに革靴を外して後方へと放り投げた。白い生身の脚を担ぎ上げて肩へと乗せる。
のしかけられた脚の重みに、亜双義の腕から首筋にかけての筋肉が張りつめるのがわかる。バンジークスもできるだけ負担をかけぬよう重心を背後にずらそうとするが、片足のみで立っている状態では難しかった。
腹筋に力をこめ、握ったままのステッキをつき直す。本当は相手の首に腕を回したかったがためらわれた。ステッキの持たない手もすがりつく先を求めてさ迷い、後ろ手に壁に触れた。煉瓦のわずかな出っ張りに指をかける。
亜双義は持ち上げた膝裏をさらにぐっと折り曲げると、亀頭をぬるぬると後孔に擦りつけた。ぐずついた入口が収縮して震える。有無を言わせぬ視線が形ばかりにこちらへ問い、バンジークスは小さく首肯した。
「──ぁ、く……ッ……」
「は……っ」
硬く芯を持ったペニスがゆっくりと中に挿入りこんでくる。括約筋は十分にほぐされていて、ぐちゅりと難なく雁首まで飲み込んだ。内臓が押し開かれていく圧迫感から逃げるように腰が浮くと、骨盤を押さえて引き戻される。
「う、っ、く……ぅ……」
指とは比べ物にならない質量をやり過ごそうとバンジークスは壁に爪を立てた。煉瓦の溝から煤の塊がこそぎ落ちる。唇がはくはくとおののき、冷や汗が首の後ろを伝った。圧迫感が下腹部を満たしていく。
「っ、ん……ッ」
「──っく、」
しかし初めてのときを思えば考えられないほど、後孔に潜り込んだペニスはすんなり根元まで収まった。
互いの呼吸が至近距離で混ざり合う。くっついた腰を触れ合わせながら、亜双義はすぐには動かずにペニスが直腸に馴染むのを待った。ふっ、ふっ、と細かく息を吐きながらこちらの反応をうかがって、もどかしそうに眉を寄せている。
実際は早く動きたいのだろう。焦れるように揺れる腰がくちゅ、と小さな音を立てる。受け入れる側の負担を考えて耐えているのだ。バンジークスはかすんでぼやけた視界の中、我慢などしなくても良いものをと思う。もっと道具のように扱ってくれれば、こちらとしても受け取る快楽も減って気が楽になるだろうに。
「っ、……く、……はっ、ぁ……」
何にも塞がれていないバンジークスの唇から徐々に小さな喘ぎ声が上がり始めた。ぐちゅ、ぐちゅとゆっくり揺さぶられるたび少しずつ異物感が減って、とろけるような痺れが脳を満たしていく。中に塗り込められた体液と先走りが混ざり合い、ペニスが体内に馴染んでいくのが恐ろしかった。異物感を失うまいと壁に後頭部を押しつける。
ただの排泄器官でここまで気持ちがいいと感じるのはおかしい、間違っている。そう思ってもこれから与えられる衝撃への期待で腹の内はうごめき、奥へと誘い込もうとしている。浅ましくて気味が悪い。
痛みを与えられることは、脳髄を走る甘い痺れに比べればよほど恐ろしくはなかった。かつて行為の際にあった引き裂かれるような痛みが、今はもうほとんど捉えられない。亜双義が学んだのか、こちらが適応してきているのか。このままでは上も下もわからなくなって、戻って来れなくなりそうだ。
「……っ、う……、う、ぅ……」
己を見失いそうな恐怖に襲われ、思わず声がうわずった。そこから何かを感じ取ったのか、亜双義は大丈夫だと言った。自らの興奮を誤魔化すように鼻先でクラバットをかきわけ、鎖骨に歯を立てる。ついた歯形を舌でなぞった。
慰めるように首筋を啄む唇の、受け止め方がわからなかった。括約筋がきゅうとペニスを締め付け、それだけで後孔の奥がぞくぞくと疼き、体重を支える左膝が震えた。煉瓦にかけた指がすべる。ずっと手放せずにいるステッキ、その石突きが砂利で削れる音がする。
本当は。ステッキなど手放して、相手の首に腕を回したい。そうすればもう少し姿勢が安定し、身に余る快楽から自分を守るための拠り所になる気がする。しかしいいのだろうか。この思いは許されるのだろうか。
それを判断してくれるはずの冷静な部分はすっかり熱に冒されていて役に立たなかった。負担にはなりたくはない。預けることで奪われたくはない。だが奪ったのは私であり、だからもはや資格がない。どろどろになった思考の断片が脳に浮かんでは消えた。
「……っ、そろそろ動くぞ。いいな?」
「ッ! まって、欲しい……」
抽挿を開始しようと膝を曲げた亜双義はそのまま動きを止め、こちらを見上げた。はっ、と切羽詰まった息を吐き、内部に埋めたペニスがピクンと痙攣する。深く刻まれた眉間の皺が、これ以上待つのは辛いと正直に訴えている。
それでも彼は自分本位に動き始めたりはしないのだった。バンジークスは下唇を軽く噛み、目を閉じた。
「そなたの首に、腕を回しても……?」
慣れぬことを言った負い目が胸を突き刺した。身を固くして返答を待つ。バンジークスの閉ざされた瞼の向こうでは、亜双義が虚をつかれた顔をして目を見開き、ぶわりと頬を紅潮させていた。
「良いに決まっている!」
そして腹の底からの大音声が路地裏に響き渡った。幸い廃屋に囲まれた袋小路は夜警が巡回する大路も遠く、声はただ反響するだけだった。
返事の代わりにバンジークスは濡れた睫毛を震わせて、ステッキと壁にすがる両の手を離し亜双義の首に回した。上体を引き寄せ、挟まった太腿がつぶれるほど密着する。ほとんど衝動的に亜双義は両手で尻を抱きかかえ、下から激しく突き上げ始めた。
「ぁ! う、ぅ、あっ、ッ」
「っ、く……っ、は、」
「んっ、ぁ、ん……ッ、う、」
乱暴に奥を突かれると啜り泣きのような声がとめどなく喉からもれた。バンジークスは体を上下に揺さぶられながら、必死に亜双義にしがみつく。唾液と汗で濡れた手袋が気持ち悪い。回した腕を離さないまま外そうとするが上手くいかず、先に外しておけばよかった、とぐずぐずになった脳の奥で思っている。
「──~~~~あ、あっ!」
ごちゅ、と亀頭が前立腺を押し潰し、強烈な快楽に首が仰け反った。頭が壁にぶつかって視界がチカチカと白く瞬く。シルクハットはどこへ行ってしまったのだろう。頭の痛みさえも気持ちいいのかわからない。
「あ、ぁッ……ぐっ、ぅ、!」
さらに狙うように前立腺をがつがつと穿たれると気が遠くなりそうだった。
与えられる熱量に全身から汗が吹き出て、高く掲げた足先までも血が巡って熱かった。受け止めきれない快楽から身を守ろうと、膝裏とふくらはぎで相手の肩を引き寄せる。ペニスが腹の間に挟まれて擦られ、びりびりと背筋に電流が走り、足先がきゅっと丸まった。
「っ、ぁ、ッんん、っう、」
「──っは、っ、ッ」
「あ! ぅ、ぁ」
奥を抉られるたびに甘ったるく上がる声が、自分のものだとは認識できない。亜双義は痕になりそうなほどの力で尻を鷲掴み、獣のように無我夢中で突き上げた。眼は興奮に染まって瞳孔が開き、目の前の肉体を貪る他は何も考えていないようだった。
結合部が泡立ち下品な音を立てる。激しい律動に呼吸ができず、バンジークスの瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。蕩けるほどいたぶられた粘膜がどこもかしこも気持ちがいい。高みに上り詰めかけては突き落とされ、体の奥から何かがせり上がってくる。ばらばらになりそうな恐怖に相手のディナージャケットを強く握りしめた。
相手の名と、もうだめだということを、うわ言のように言ったと思う。内壁が膨らんだペニスを搾るように収縮し、亜双義は息を詰めて呻いた。
「ひ、あ、っ……──~~~~ッ!!」
一際乱暴に突き上げられると、バンジークスの頭の中で火花が散った。暴力的な快楽に脳を犯されて声も出ない。全身を大きく痙攣させ、ほとんど刺激を受けていないペニスからとぷりと精液があふれる。
亜双義は締め付けに歯を食いしばり、根本をぐりぐりと押し込むように揺さぶった。力が抜けた相手の体を壁に縫い留めるように押し潰す。絶頂の最中にいるバンジークスの喉から、あ、あ、と力ない嬌声がもれた。
しかしバンジークスは朦朧としながらも手探りで相手の頭を抱え込み、髪をぐちゃぐちゃにかき混ぜて、瞼なのか額なのかもわからないままに唇を押し当てた。中のペニスがどくりと脈打ち、勢いよく奥へと叩きつけられる。混濁する意識の中、熱い奔流が胎内へとぶちまけられ、亜双義もまた果てたのがわかった。
数秒の間、意識を失っていたらしい。バンジークスは気が付いたときには地面に腰を下ろしていた。
「……」
重い瞼をこじ開け、現状を確認する。
はだけられた胸は緩やかに波打ち、下腹部はまだ余韻に浸って細かく痙攣していた。無理な体勢を強いた骨盤は軋み、自分のものではないように腰に力が入らない。五感すべてが麻痺していている。唯一、尻の下で潰されたコートとシャツの粘ついた感触だけが生々しかった。
バンジークスは緩慢に視線を上げた。正面では亜双義がしゃがみこみ、うつむいて肩を大きく上下させている。血気盛んな若者も今回はさすがに疲れ果てたらしい。鼻筋から伝い落ちる汗も拭わず、額に張りつく前髪だけを邪魔そうにかき上げている。
深呼吸すること数回、最後にふーっと大きく息を吐きようやく亜双義は顔を上げた。目の前の、まるで暴漢にでも襲われたような有り様の上司を見て、はたと視線が冷静になる。おもむろに前を寛げた自分のスラックスを整えた。そして射精後の冷えた頭で己が働いた無体を認め、気まずそうな表情を浮かべている。
しかしいくらも悩まないうちに、やってしまったものは仕方がないと割り切ったようだった。
「申し訳ありませんでした」
彼は片膝をつけ、この場において滑稽なほど恭しく頭を下げた。
「貴公が望んだこととはいえ、性急に過ぎました。次からは安宿などを調べておきます」
バンジークスは潔い謝罪を倦怠感のままに受け止めた。気だるげに目を伏せ、汚れたドレスシャツからのぞく己の剥き出しの両脚と、左の足首に絡まったスラックスを無表情に見下ろす。
そなたは、と口を開いたものの上手く声が出ない。慣れない高音を出し続けた喉は早くもしわがれている。咳払いを一つした。
「そなたは、勘違いをしている。私はただ……このようなことではなく。もう少し話をしていたかっただけだ」
バンジークスはできる限り感情を抑えて告げた。そのほうがよく効くのだと知っていたからだ。言い終えた直後から数秒かけて、ゆっくりと亜双義の目が見開かれる。彼は信じられないものを見るようにまばたきをした。
「……は?」
「……」
「話を? それだけ?」
「……うむ」
「聞いていないが」
「聞こうとしなかったの間違いだろう」
彼はぽかんと穴があくほどこちらを見つめ、直面した真実を受け止めかねているようだった。汗で前髪が幾筋か額に張りついており、その顔立ちを幼く見せている。
バンジークスが黙っていると、思い当たる節があるのか亜双義の視線は徐々に下がっていく。視線だけでなくとうとう頭まで垂らしてしまい、すでに撫で付けられた前髪をもう一度かき上げた。脱力するように頭を抱える。
「言え……」
怒りを孕んだ抗議の声に、バンジークスは何も言わなかった。
亜双義同様バンジークスも事を終え、すでに普段の平静さを取り戻し始めていた。真っ先に思うのは行為中の己の言動のことである。今やなんてひどい醜態をさらしてしまったのだと心から悔やみ、精神の安定のためにとりあえずすべての原因を相手に押し付けたがっている。
ああまで場所を忘れて声を上げ、取り乱し、分別もなく泣いてしまったのも、すべては強引に事を進めた亜双義が悪いのだ。この男が静止を聞いていれば、あんな恥知らずな姿をさらす羽目にはならなかった。まったく遺憾であり納得がいかない。
だが亜双義は早とちりの後ろめたさのせいか謝らず、それどころか責めるようにこちらを睨んでくるから理不尽である。バンジークスは頑なな態度でそっぽを向いた。コートのポケットからハンカチを取り出し、目の縁にまだたまっていた涙を拭う。
ただぼやけた視界を何とかしたかっただけで他の狙いがあったわけではないが、これは亜双義にとって堪える仕草だったらしい。彼はぐっと怯み、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……だいたい、貴君が普段からきちんと自分の要望を口にしないから、こうした不幸な行き違いが起こるのだ」
「日本人は聞く耳持たぬことを不幸な行き違いと呼ぶのか」
「ええい、言葉尻を捕らえるな。真面目に聞け」
亜双義は真剣な表情を作ろうと無理に眉を吊り上げ、しかし色事の跡が残るバンジークスを前にしては上手くいかず、結局きまりが悪そうに目をそらした。その照れたような表情の裏で何を思い出しているのかは、考えたくはない。
「己の願いを汲み取ってやれるのは己だけだ。だがもし……いや、そうだ。オレは貴君には日頃教えを受けている借りがある。だから、オレにだけは、言っても……」
その口振りもまた珍しく歯切れが悪く、要点がはっきりしなかった。説教がしたいのか睦言と気取りたいのか自分でも定まらないようで、どういう声色にしたものか迷っている。
そして彼は要領を得ないまま「そういうことだ」と一方的に言葉を切り、誤魔化すように足元に転がっていたバンジークスのシルクハットを拾い上げた。埃を払い、歪んでしまったつばを直そうと布地引っ張り、直らないので顔をしかめている。
バンジークスは後頭部を力なく背後の壁に預けた。働かない頭になんとか血を巡らせ、今夜はもうゆっくり話などできないこと、ここからどうにか帰らなくてはならないことを思う。そしてさらに記憶を遡らせ、親しげで他愛ないアメリカの話や、未来へと思いを馳せる亜双義の力強い瞳を思い出し、ただ一言眠いと言った。寝るなと無情な返事がかえってきた。
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