【WEB再録】PARTNER
留学先でルームシェアを始めて交際0日で学生結婚した忍跡がなかなか先に進めないでもたもたする話です。
後半でがっつりエロ描写あるので苦手な方ご注意ください。
2021/11/7 第19回全国大会GSにて頒布させていただきました。
お手に取ってくださった方々本当にありがとうございます。
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「――ただいま」
「あぁ、おかえり」
大した感情の動きもなく跡部が俺をリビングのソファーに座ったまま出迎えた。
出迎えた、と言うより実際は手元の雑誌に目を向けていて俺の方をチラリとも見ない。
そんな態度に寂しいなどと言う気持ちが湧くことはもう何年も前に無くなった。
彼の座るソファーを横切りクローゼットに着ていたジャケットをかけてからキッチンへ回ると、流しには一人分のテイクアウトの容器が空になって放られている。
イギリス国内で有名な五つ星ホテルのロゴが中央に印刷されていて、今日はそこでミーティングがあったんだなと推測する。
横のカウンターには全く同じ容器が置かれていて、それが自分の食事だと直ぐに気が付いた。
冷蔵庫からビールを取り出しダイニングテーブルに腰掛け、用意されたであろうソレを「いただきます」と手をつけた。
少し冷めているが味はそこらのチャイニーズカートンの料理とは比べられない程美味い。
カシュリと音を立てて開けたビールを肺いっぱいの空気を押し込むように喉に流し込んで「はぁ」と少し大袈裟に息を吐くと、跡部が笑ってやっとこちらを見た。
「おっさんくせぇな」
「くさいも何も、間違いなくおっさんや」
「ほお、お前がおっさんなら俺もおっさんって訳だ」
「アホな事言いなや。跡部はおっさんちゃうわ」
「なんだそれ」
俺の言葉に笑って、また手元の雑誌に目線を戻す。
集中して見ているのかと思ったが、そこまで今必要な事ではないらしい。
現に俺との会話で笑った口そのままでページを捲っている。
目の前の食事が瞬間温かく感じ、静かな部屋に俺の咀嚼の音が暫く響いた。
俺と跡部が一緒に住み始めたのは高校卒業してすぐだった。
高校時代、校内で唯一俺と跡部だけがテニスの日本代表に選ばれたのもあり、何かと先々で共同生活をする事が多かった。
そのため進路を決める時期も跡部と一緒に海外で過ごしていたから、跡部の明確な将来のビジョンに俺もつられて内緒でイギリスの大学を受けてみることにした。
そしてエアメールで合格通知が届いたその日、跡部から電話がかかって来た。
『――決まったか?』
「決まったなぁ」
『まぁ当たり前だろ。おめでとう』
「おおきに。跡部もおめでとう」
『で?向こうでの住処は決まっているのか?』
タイミングよく電話がかかって来た時点で俺はもう分かっていたから驚きはしなかった。
言ってもいない進路を跡部が知っていた事も、跡部が当たり前に受かり俺も受かった事を確信持っていたのも、そして跡部が俺にイギリスでのルームシェアを持ちかけてくる事も。
お互い全部分かりきっていた。
だから淡々とルームシェアの話はまとまり、親同士も跡部君と一緒なら、忍足君がいるなら、と即快諾だった。
そんなあっさりと始まった俺と跡部の2人きりの生活は順調だった。
何年も親以上に時間を過ごしていたから今更お互いに気を使う事がなかったし、なにより跡部の希望で学生のルームシェアの割には広いメゾネットタイプのマンションを借りたのがプライバシーも保たれていて今まで住んだ住居で一番過ごしやすいと思った。
そんなメリットしかない学生生活を過ごしていた1年後、順調だった俺達に最初の変化が起きた。
跡部がプロ転向した。
大学では学部が違うのもあり跡部とは家の中でしか会えてなかったのが、試合やプロモーションの度に大学を休み家を空けることが増えていった。
側で見ていても跡部の学業とプロとの両立はあまりにも過酷そうだった。
「――なぁ、無理してこの部屋に帰らんでもええのに」
だから久しぶりに会った週末に思わずそう言ってしまった。
跡部をこの部屋に縛っているのは申し訳ないと純粋に思ったから。
けれど跡部は呆れた様に少し笑った。
「お前と一緒に住むって決めたんだ。ここに帰るに決まってんだろ」
「ほな何で俺と住もうって決めたん?」
「…じゃあ聞くが、何でお前は俺とイギリスに来たんだ?」
ソファーに腰掛け宙に投げ出された豆だらけの掌が俺を指差し、跡部が更に笑みを深めて見てきた。
澄んだ青い瞳に迷いや戸惑いなど感じない。
「お前がここに居るなら、一緒にいない事の方が不自然だ」
「…ホンマやな」
自信たっぷりなその表情に俺はいつだって肯定されてしまう。
そのやりとりで吹っ切った俺は学業を何より優先する事に決めた。
そしてその後医師免許取得の為の臨床研修に入った頃には跡部は世界ランキングに名前が挙がる程活躍していった。
次の変化のきっかけは前置きもなく急にきた。
「忍足、お前俺とこのまま暮らしていて平気なのか?」
跡部とのルームシェアが4年目に入ろうとした頃、数週間ぶりに会った跡部がいきなり俺にそう言った。
デスクから振り返ると俺の部屋の扉にもたれながら跡部は何の感情も見えない顔で俺の言葉を待っている。
「…それ、なんて答えたらええ?」
俺の部屋に足を踏み入れることなく、離れた距離のまま跡部が眉を寄せた。
「正直に言えばいいんじゃねえの」
「……ほな、寂しいって言えば跡部は俺の寂しさを解消してくれるん?」
「…言ってみろよ。出来るかどうかやってみせろ」
偉そうな口振りだが跡部なりにきっと考えていたんだろう。
卒業した後のことを。
俺たちは歩む道が分かれてしまったのだと、お互い分かっていた。
「跡部、結婚しよか」
「…………は?」
見たことないほど跡部の目が見開かれた。
まだまだ知らない表情があるもんだなと笑ってしまう。
「結婚すれば遠慮なくずっと一緒におれるわ。寂しくない」
「……随分唐突だな」
「唐突ちゃうよ。俺はもうとっくにお前に人生あげてるわ」
戸惑う跡部とは反対に俺の口から言葉がスラスラと出てくる。
しようと思ってしたプロポーズな訳ではないはずなのに。
俺の態度に跡部も冗談ではないと気づいたみたいだ。
いつも以上に落ち着いた様子でため息をついた。
「結婚にこだわる理由はあるのか?」
「俺と結婚してる限り他のやつとは結婚できへんくらいやな」
「…平凡な願いだな」
「結婚って平凡か?」
「安い願いだ。そんな紙だけの契約なんて」
「ならええやろ、別に。俺らもう結婚できる歳やで」
「そこに至る事何もしてねぇぞ。恋人ですらねぇ」
「今時珍しくないわ。交際0日婚なんて」
そんなもんかと笑う唇を見て、今まで跡部に感じたことのない感情が渦巻いて溢れた。
椅子から立ち上がり部屋の境に立つ跡部に手を伸ばすと簡単に腕が捕まえられ、自分の腕の中に嗅ぎ慣れた香水の匂いが収まった。
今まで体感したことない跡部との接触に静かに脳が沸騰しそうだ。
少し離れた身長差で跡部を見下ろすと、そっと抱きしめ返してくれる跡部の髪が鼻をくすぐった。
「俺がずっとお前の帰る所になったる。俺と結婚しようや」
「…いいぜ」
俺を見上げた跡部の唇にそっと自分の唇を落とした。
初めは違和感があり互いに辿々しく遠慮がちだったのが、角度を変えて何度も押し付けるとひんやりとした体温が少しずつ温かくなって気持ちが通う様で安心した。
これから先会えない日がどれだけ続いても、跡部を手に入れたら寂しさなんて贅沢だろう。
照れ臭い可愛いキスで俺は跡部の事をずっと前から恋愛対象として好きだったんだなとその時初めて自覚した。
結婚すると親に報告した時はとんでもなく驚かれた。
相手が妊娠でもしたのかと真っ青な顔になって詰め寄られたが、それは違うと説明すると今度は学生の内に結婚なんて早いのではと優しく諭された。
確かに経済的な自立もまだな内は認められないのかもしれない。
それでも意思が固い俺を見て最終的には成人しているのだから好きにすればいいと難なく許可は得られた。
相手は誰だと問われて跡部だと答えた時の家族の納得いった顔は忘れないと思う。
問題は跡部の家だと思っていたのだが、これもまた驚く程アッサリと許可がおりた。
跡部曰く、古い考えを持たない家庭らしく挑戦的で良いんじゃないかと笑って許してくれたらしい。
むしろ交際0日だと説明したら今まで何をやっていたんだと驚いていたみたいだ。
テニスばかりの模範優等生だった2人が親から反対されるなんて有り得ないだろと跡部は笑って言った。
…とはいえ、結局はすれ違う日々は変わらず、新婚なんて甘い響きは全くなかった。
結局俺たちは結婚したところで俺たちのままだった。
それでも跡部の方は暫く大変だったと思う。
有名人なのもあり結婚をしたと言う事実だけ跡部の会社を通して公表したものだから暫く取材が殺到していた。
俺の方には岳人たちから電話があり、跡部の結婚相手の検討がつかないと氷帝OBで大騒ぎしていると言われた。
隠す事なくその相手は俺だと伝えたら嘘をつけと散々なじられて電話が切れ、まぁそうだろうなと笑ってしまった。
そんな中、恋愛じゃなくて親愛から始まった俺たちはあまりにも不器用で愛し合う手段を選べないままでいた。
「――あ、忍足いたよ」
「おー!久しぶりだなー!」
「自分らめっちゃ声でかいで、もう少し静かにせえや」
入国審査のゲートを通った昔の仲間達が次々と顔を出し、俺を見つけて元気よく声をかけてきた。
卒業旅行というていでわざわざ会いに来てくれたらしいが、一番の目的はきっと跡部だろう。各々手に持ったラケットバックは変わらず、大きなキャリーを引きずってキョロキョロとあたりを見渡している。
「アイツは?出迎えなしかよ」
「明日試合やから今日は会えへんよ」
「家にも帰ってこないのか?」
「いや、家にはおるで。ただ試合前のルーティンから外れるから会わせられへんだけや」
「…もしかして、……本当に忍足と結婚したの?」
岳人と宍戸の質問に答えてると、滝が声を潜めて訪ねてきた。
思わず移動の足を止めて滝の表情を見てしまった。
半信半疑だったんだろう。
仲間たちが振り返り息を飲んで俺の次の言葉を待っていた。
実際会って確かめるためにイギリスまで会いに来たんだと思う。
「結婚したで、ほら」
左手にはめた指輪を見せると「まじかー!」と友人達が騒いだ。
跡部の用意したシンプルなプラチナリングは俺たちを証明する唯一の証だった。
「せやから声がでかいって。もうちょい静かにしてや」
「マジで結婚したの忍足だったのか!!」
「ちゃんと報告したやろ」
「いやいや、タチの悪い冗談だとばかり思ってよ…」
「うわーーー、丸井くんになんて言おうー!」
跡部の結婚は当時のライバル達の間でも大騒ぎになったらしい。
そりゃあ日本代表チームのキャプテンが誰よりも早く結婚すれば話題に事欠かないだろう。
他校と繋がりのある氷帝メンバーは残らず質問攻めにあったと道中説明された。
「手塚とかは知ってんのか?」
「知ってるんちゃうかなあ。まぁ手塚は興味ないやろ、俺らが結婚したとこで」
「ふーん、結婚ってどうよ?良いもんか?」
隣に並んだ岳人が俺の顔を面白そうに覗き込んで聞いてきた。
冷やかし半分と俺の心境を知りたい半分、当時のダブルスパートナーは変わらず遠慮がないらしい。
「まぁぼちぼち、幸せやで」
――すれ違いばかりでまだキス程度しかしてへんけどな。
流石にそんな事を言えばさらに騒がれると分かってるから絶対に言えなかった。
ホテルまで案内した頃にはすっかり日も暮れて、すぐに食事をしようと街に出た。
明日の跡部の試合はみんなで観戦するつもりだったから少しの酒で早めに帰ろうと近くのパブに迷わず入った。
「俺たち卒業おめでとー!」
「かんぱーい!」
「いや、俺は五年制やから後一年は通うで」
弾けるグラスの音の後に一気にエールを飲む仲間たちの姿は違和感しかない。
成人してから会うのは初めてなのもあり、何だか自分だけ離れていた時間を強く感じさせる。
「そうか医学部だもんな。じゃあ跡部のが先に卒業すんだな。あいつプロ一本で行くのか?」
「いや、今も時々会社手伝ってるで。忙しそうでなかなか休みが無いけどな」
「景吾君はいつだって忙しそうだよね。忍足は医者になるの?」
「今んとこどこかの企業で研究職したいなとは思っとるけど、…どこにも採用されへんかったら医者やるかもなぁ」
「へぇー。日本には帰ってこないの?」
「…暫くはないなぁ」
俺の言葉に「うまくいってるみたいで良かったよ」と滝が微笑んだが、確かにと俺自身思う。
もし日本に帰ると跡部が明日にでも言い出したら俺は大学も希望職も放り投げて直ぐ一緒に帰ろうと言うんだろう。
うまくいっていると表現した滝の笑顔がくすぐったくて、酒を飲みながら俺の口元がにやけるを周りから見えないように手で覆い隠した。
「ただいま」と小さく声をかけて静かに玄関の扉を開けた。
すっかり昔話に夢中になり遅くなってしまったため跡部はもう寝てるだろう。
注意を払って静かにフロアを歩き2階にある自分の部屋に入ろうとした時、たった今通り過ぎた部屋の扉が開いた。
「あ、起きてたん?」
「なんだか寝つきが悪くてな。アイツらは元気だったか?」
「元気すぎてこんな遅くまで捕まってたわ」
「酒飲んできたのか?」
「ほんの少し。……寝付けんなら少しだけ一緒に飲む?」
俺の誘いに少し悩んでからコクリと頷いた。
その様子にアルコールの入った体がふわりと熱を上げる。酔いも手伝って気持ちが大きくなってしまってるのかもしれない。
荷物を部屋に置いてキッチンの方に回り、ワイン棚からなるべく度数の軽い瓶を取り出すとカウンターに並べたグラスに注いでやる。過き通った深い赤色がグラスを持つ跡部の手に反射した。
間接照明の光でキラキラと赤が移動して俺の目が細くなる。
「…明日の勝率は?」
「五分五分…、いや俺の方が分はある」
伏せられた目のまま神妙な顔でそう言う跡部は自分に言い聞かせる様にも見える。
確か明日の対戦相手は跡部よりかなり上のランキングだったはずだ。
本来ならもう寝てるはずなのに、寝付けないと言うことはきっとそう言う事なんだろう。
グラスを持たない方の跡部の手にそっと自分の手を重ねると、伏せられた目が上がった。
俺の意図を探ろうと、まっすぐな青が俺を射抜く。
「…酔ってるのか?」
「酔ってるって事にして、…抱きしめてもええ?」
「……いいぜ」
許可を得られ、握った手の平の方へそっと体を近づけ跡部の肩を掴むと優しく背中を包んだ。
「何だよ、余裕ねぇな」
いつも以上に跳ねる心臓が跡部にも伝わったのかクスリと笑われてしまった。
「やって、今めっちゃ怖い事してるんやで俺」
「なにが」
「…明日これで勝てへんかったら俺もう迂闊に跡部に触る事できんくなるわ。…縁起悪い」
「…なるほど、面白えな」
そう言うと顔を上げて俺の顔を覗き込み、ニヤリと笑ってから口付けてきた。
されるがままの長い押し付けるだけのキスなのに心臓がそこで波打ってるかの様に唇に鼓動を感じて頭の芯が痺れる。
「……!」
ふいにペロリと舌先で唇を舐められ驚き目を開けると、からかうような瞳が俺を見てまた笑っていた。
翻弄されていると分かっていても、これで跡部の気が紛れるならいくらでも付き合ってやれる。
跡部からの悪戯の様なキスを受けながら明日は勝ってもらわないと困ると心の底から思った。
次の日の朝は跡部に合わせて起きて2人で食事を取った。
天気も良く風も穏やかで今日は試合日和だろう。
「行ってくる」と跡部が先に家を出る時、俺の胸ぐらを掴んで躊躇なくキスをした。
昨夜と同じ不敵な笑みで。
それを受けたままの格好で手を振り見送ると、扉が閉まると同時に風が入り込み顔が熱くなっているのを感じる。
なんだかこれでは新婚みたいだ。いや、新婚ではあるが。
昨日は酔っていたのもあってどこか夢見心地だったのが、バッチリと覚醒した状態でああも積極的にされてしまうと跡部流の勝利宣言を受けた様なものだ。
すれ違いの生活だったこともあり、結婚してからプロとしての跡部の試合を生で観戦するのはコレが初めてになる。
大した席じゃ無いと言っていたが、一般の観客からしたら十分上等な席を跡部に用意してもらった為遅れるわけにはいかず、自分もすぐ支度に取り掛かる。
午後から試合は始まるが、会場まで少し距離があるのとホテルまで仲間を迎えに行くためあまり余裕はない。
ジャケットを羽織りマンションを出るとすぐにタクシーを捕まえ乗り込んだ。
乗り継ぎの電車に揺られながら静かに心臓が高鳴り、会場に着く頃には仲間の誰よりも俺は緊張していた。
春の初めとはいえまだ肌寒い季節のコートは乾燥もあってひんやりとした寒気を纏っている様に見える。
俺たちの王様が立つにふさわしい舞台は整っているみたいだ。
「――あ、跡部出てきた!」
ジローの指す方を見ると、選手口から現れた跡部が日差しを受けて少し眩しそうにしながらも俺たちの方を見て少し笑ったのが分かった。
小さく手を振る滝の横で俺の緊張が不思議と綺麗に凪いだ。
まるで俺がこれから試合をする様な感覚で。
10年以上誰よりも1番俺が跡部の試合を身近で見てきたと豪語できる。
神に祈るように手を組み少し離れた所から必死な顔で見守っている跡部のメンタルトレーナーなんかよりもよっぽど俺の方が分かってるのだと。
それなのに、強烈なインパクトの音と審判のコール、そして観衆の拍手がずっと俺に跡部だけを見ていろと磔ていた。
お前は理解しているのかと周囲の雑音が俺を責める中、跡部はコートの中心でその雑音を味方につけていた。
3時間に渡る試合があっという間に終わり、汗だくでコートを去る跡部は朝見送った時と変わらない不敵な笑顔をこちらに向けて瞬間俺を縛った。
大歓声の鳴り止まない観客席で、感情がヤケに重くて仕方がない。
俺は跡部の勝利の守護神になれたのだろうか。
「なんかいつもより早く決めようとしてなかったか?」
帰り道で宍戸がそう言うと他の仲間も混じって今日の跡部の試合の統括を始めた。
「あれは相手の序盤の余裕がダメだっただろ。跡部相手に舐めてかかった結果だぜ」
「コーナー狙いがうまく入ってたからそう見えたんじゃない?あんまりスコアも競ってなかったし」
そんな意見の中で間延びしたジローの声が俺に向かって遠慮なく投げられた。
「見せつけてたんじゃない?ねぇ、忍足」
「………そうやろな」
何をと、俺が聞き返すのは跡部への不義理かつ見縊りだ。
見ていたかと俺にあの強気の目が言っていた。
ゾワリと鳥肌が立ち指先が冷たくなる。
跡部を見つめる俺の胸を内側から切り裂いて浮ついた心臓を奪われるような恐ろしさを、あの勝利の歓声が響くコートで俺は感じていた。
「勝ったぞ」
「あぁ、見てたで。おめでとう」
俺の祝いの言葉でフフンと弾む息が見えそうなほど嬉しそうに笑った跡部が俺を出迎えた。
ゾワゾワと這っていた俺の面倒な感情がスッと一瞬癒されたのが分かりホッと息を吐いて「ただいま」と笑って靴を脱いだ。
「アイツらは?」
「明日朝から跡部と打つ約束あるんやろ?試合終わりだから早く休むよう伝えろってホテル帰ったわ」
「いいじゃねぇの、ぶちのめし甲斐がある。明日はお前も来るのか?」
「あー、明日は実習やねん。遅くなるかもしれへん」
「そうか。俺は夜からまた国外ツアー出発で数ヶ月は帰らねぇ」
「…そうなんや」
俺の返した言葉でソファーに腰かけた跡部がパッと顔を上げ驚愕の表情で見つめて来た。
――あっ、と思ったが遅かった。
誤魔化そうと言葉を選び出した俺よりも早く跡部が口を開き形のいい眉を跳ね上げ睨みつけてきた。
「おい。お前今のは何だ」
「え、なに?」
「とぼけんじゃねぇよ、あからさまにホッとしただろ」
しまったと思ったが、もう完全に跡部のペースに入ってしまっていた。
ケンカなんてこの数年してなかったのに、俺の脳は跡部のキレる瞬間を分かっている。
「おかしいだろ、昨日の今日で」
「待って、いきなり見当違いな反応に飛び付かんでや」
「あーん?俺がこの家からしばらく居なくなるって聞いて安心する素振りしやがって、他にどう説明つけんだよ」
説明しようにも、跡部は理解できない。
だって跡部は持たざる者では無い。
「……跡部、今日も俺とチューするん?」
「はぁ?」
困惑と苛立ちが混ざった跡部の威圧的な声が俺の鼓膜に響く。
丁寧に説明するのも骨が折れる。
大きくため息を吐き、跡部の隣へようやく腰掛け目線を合わせた。
機嫌を大きく損ったら正面から罵倒されてもいい様に。
「跡部とキスするのはええねん。キス好きやし。…でも大人なキスはやめて欲しい」
「…大人なキスって、フレンチキスか?」
「……せや」
「……」
跡部の肩から力が抜けたのを感じ、目がスッと細められた。
怒りを通り越した冷ややかな態度を俺に浴びせる。
今触れたらきっとその目の色と同じくらいの温度を感じるかもしれない。
「――俺となんで結婚した?欲しくねぇのかよ」
欲しいに決まってる。
今すぐにでも組み敷いて俺だけのものにしてしまいたい。
執拗に愛を囁いて俺の声をいっときも忘れないように、体中に俺を覚え込ませて俺以外要らなくなるように。俺だけを欲しがって欲しい。
「なんとか言えよ」
――でも自分の欲を今ぶつけて良いと思えない。
跡部の事を抱きたいと思ったのは結婚して暫く経ってからだ。
だけどその時初めて覚えた跡部への不埒な感情は、湧き上がった瞬間すぐに捨てた。
お互いのメンタルがプラスに働く為ならと選んだ結婚だし、友人としての時間が長かったから今更その一歩を踏み出すのはとても難しいのもある。
それなのに、あんな容易く誘う様にキスをされてしまったら正直怖くなってしまう。
欲望が俺の足元で燻る。
これを引き上げたとしても跡部は受け入れてくれるんだろう。
それでもまだ易々と手を伸ばせられない決定的な何かが俺たちの間にはある。
何も言わずに黙る俺を見て跡部がため息をついた。
「…理解できねぇよ、お前」
そう言って怒りのまま伏せられた目を見て、ヒュッと息が肺に入った。
衝動的に掴んで引き寄せてしまった。
まだ俺自身納得できる言葉を用意していないのに。
それでもこのまま跡部の失望を買う恐怖が勝った。
頭をフル回転させて言葉を探し、しがみつくように強く抱きしめる。
驚いた様子だった跡部の腕がそっと俺の強張る背中に回された。
促す訳でもなく焦らす訳でもない様子に堪らなくなってしまう。
その優しさが俺にとって今は苦しい。
跡部の顔を覗き込み押さえつける様に唇を合わせ遠慮なくぶつける。
舌先で柔らかな唇をこじ開け侵入させ、跡部の指先が俺の服を強く掴んで苦しそうに離れようとするのを逃さず舌を追う。
「……っん、……はっ、っ」
唇の端から跡部の息が漏れ、苦しさに呼吸が荒れるのもお構いなく跡部の口内を犯した。
力のこもった指先が俺の服の上から腕を引っかき、その仕草が逆に離さないでほしいと訴えてる様に都合良く感じる。
それでも流石に苦しくなった跡部が顔を背けた。
「……っは、窒息させる気か…っ」
「こんなんで参られたら敵わんわ、ちゃんと鼻で息せぇ」
濡れた唇を親指で拭ってやり、今度は形に添った当てるだけのキスをした。
もうあんな乱暴な事はしないから許して欲しいと謝る様に。
「……ずっと前から跡部以外考えられへんし、お前以外欲しいと思わん」
「……」
「今は憧れて仕方ないねん。セックスなんかしたら次の日が試合だろうが抱き潰してしまうかもしれん」
「…憧れてるってなんだよ。そんなもんいらねぇし、俺はお前を付属品にする為に結婚したわけじゃねぇ」
「付属品にされてるなんて一度も思った事あらへんよ」
「――じゃぁ俺にテメェを重ねるんじゃねぇよ」
…重ねてないと言うと嘘になる。
ただ、重ねる事に罪悪感を感じるくらいなら俺は自分でプロになった方がいい。
目の前の彼は俺の表情や仕草から真意を読み取ろうとジッとこちらを見ている。
跡部に甘える訳にいかず、自分でも納得できる言葉を選ぶ。
「…いつだってお前は俺の前を歩いてる。俺にたくさんの指針を見せてくれた。プロになる事だって出来たと思うけど、俺はお前と歩きたいって思ったんや」
「俺は何もしてねぇよ。お前が自分で選んで進んだ道だ」
「そうやな、おおきに」
「……プロになる気はもうないのか?」
「ないな。何や話しててスッキリしたわ」
跡部と話す事でモヤモヤとしていた頭の中が晴れていく。
冷たかった跡部の瞳が大きく俺の姿を映して暖かい色になっていった。
跡部のこの甘さは今は俺だけのものだ。
「学生のうちは跡部の事ハンパに抱かれへんよ。ちゃんと追いつくから待ってて」
「別に俺がお前を抱いても良いんだぜ?」
「その発想はなかったな…。それこそ俺の気持ちが追いつけんからもっと待ってて欲しいわ」
「いつになるんだ、全く」
フンと息を吐いた跡部が俺の肩に頭を預けて寄り添ってきた。
覗き込むと不満そうな顔をしてはいるが、怒りはもう感じられない。
「お前が誠実でいようとすることで俺に我慢を強いているのを覚えとけよ」
「…我慢してんの?」
「むしろなんで俺に欲が無いと思ってる」
「跡部が俺に対してエッチな気分なるとか想像出来へん」
「……はぁ?」
勢いよく顔を上げた跡部が俺の肩を思い切り押した。
その反動でよろけて背面のソファーに肘を突くとのしかかる様に跡部が上に被さる。
「お前、もう少し自覚しろ」
「…跡部もやで」
上から押さえつけられたまま跡部の顔が降ってきた。
ぶっきらぼうな言い方とは真逆に甘える様な唇が目や頬に落とされる。
ドキドキと期待する心臓が煩くて、自分の顔が赤くなっていくのがわかる。
思春期に味わった事がある懐かしい感情が今更ながら俺を揺さぶった。
何度も押し付け撫でる様なキスを繰り返す跡部を抱きしめると、自宅のとは違う試合後の洗髪料の香りが俺の頭にストップをかける。
「はぁ……勿体ない事してるわ、俺…」
「本当にな」
勝手な俺を優しく笑って最後には許してくれた跡部と、その日初めて跡部のベットで一緒に眠った。
ただ隣で眠るだけでこんなにも安心できるのだと知り、そんな些細な事すら今までしてこなかったと気づいた。
そして次の日ツアーに出た跡部はそのまま半年以上経っても家に帰って来なかった。
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「ドクター忍足、今度プレスリリースに提出する例のゲノム論文はいつ頃調整できそうですか?」
「あとは引用欄埋めるだけですが、何か?」
「見出しの件で相談があると報道から。あと顔写真を何枚か送って欲しいと」
「直接俺の方でやりとりするのでメール転送してください。写真は社員証あたりの適当に送っていただけたら」
「分かりました」
俺にそう返事をして若い研究者が部屋から出て行った。
声をかけられたことで意識が周りに向けられ、気付けば部屋にいるのは自分だけだとようやく知った。
窓の外は中庭を挟んで今いる建物と同じ外壁が並んで見え、部屋のほとんどの電気が消えている。
手元のキーボードに退勤連絡のチャットを投げて少ない荷物をまとめると席を立ちコートを羽織った。
すっかり21時を回っていたが空腹は感じられずこのまま家にまっすぐ帰る事にした。
帰ったところでどうせ一人だろう。
首から下がった社員証で部屋から退室すれば長く続く廊下に俺の足音が冷たく響く。
それでも職場から地下鉄で自宅のあるロンドン近郊まで出てくれば、秋の色が濃くなった街並みが俺の歩く速度を軽くした。
この街に住んでもう10年近くになった。
信号で立ち止まり向かいの建物を見上げれば大きな広告が目に映る。
5年ほど前からここの広告はずっと変わらず1人の男が街の外観の一部になっていて、その頃から本人よりもむしろ俺はこのディスプレイを見ている時間のが長いだろう。
綺麗な指先でテニスラケットを握りこちらを楽しそうに睨みつける眼光は彼の試合前に良くする表情だ。
それでも毎日こうして見上げていると知らない人の様に感じてしまう。
何度目かの赤信号を見送ってからやっと歩き出し、秋の風を受けながら俺は少し冷たくなった指先をコートのポケットに突っ込んだ。
『つーかお前ら結婚して何年目だよ』
「7年やで、7年。その内5年近く別居や」
『離婚秒読みか?』
「縁起悪い事言わんでや」
俺の返答に呆れたため息を画面の向こうで吐かれた。
スピーカー越しの久しぶりの友人の声は三十近い歳のせいと見た目も相まって随分と落ち着いて聞こえる。
『んな事言ってても、アイツ帰ってこないんだろ?そんなもんいつ離婚届が送られてきてもおかしくなくねぇか?』
「せやから全く帰って来ない訳やないねん。時々フラッと顔見せに帰ってきてはいるんやけど…」
そう言って住み慣れた部屋のリビングをぐるりと見渡すと、いつもと変わらない景色に彼が久しく帰ってきていないと理解する。
あの一件以来跡部がこの家に寄り付かなくなったのは紛れもなく事実だった。
『連絡は?侑士アイツが今どこにいるのか知ってんの?』
「ツアーに出てるはずやから多分ヨーロッパのどこかにはいるはずやろな」
『はず、って時点で破綻してんだろ。……アイツ今日本帰ってきてるらしいぜ』
「あ、ホンマ?ならツアー終わっとるんかな。まだランキング見てないねん」
『……忙しいのはわかるけどよ、仲間でもあるんだしせめて情報追えよな。今すぐ調べろよ』
「?何を調べるねん」
『跡部を調べろって言ってんだよっ、バカ旦那が』
憮然とした態度で俺を叱りつける岳人に何やねんと言葉を返して手元の画面をタップした。
何と検索すべきか悩み、ひとまず名前だけでヒットした記事の見出しを上からスクロールして見ていくとものの数秒で岳人の言わんとした事が分かった。
「え、跡部引退するん?」
『こっちが聞きたいから連絡したんだろが!本当に結婚してんのかお前達』
「…まぁ、この写真見る限り続いてると思うで」
一番最新の記事にあった空港で隠し撮りをされたらしい跡部の私服姿が俺の顔を綻ばせた。
5年間見上げ続けたあの看板には無くてプライベートな姿にはある指の付け根の輝きが俺の確信に繋がり口元が緩む。
『…引退なんて重大な事をネット越しで知った割に幸せそうな顔すんだな。お前のその自信は何なんだ?』
「そんな自信あらへんけど。…それでも最近は帰ってくる度に食事用意してくれてたりして余裕あったから何かあるんやろうなって。引退か、納得いくわ」
『跡部が飯??ていうか最近帰って来てたなら近況聞いとけよ』
「結婚生活においてお互いの仕事の話は詮索せえへんのが一番ええんやで」
『ふざけてんのか自信なのか分かんねぇからやめろ』
呆れた顔で鋭くツッコまれ苦笑いが出る。
正直なところ、跡部の事を大事に思う気持ちは変わらないが最近はそこまで考えてやれていないとは思っていた。
物理的に離れてしまっているのもあるが、あの日自分に課したゴールがずっと見えず不安の中ひたすら進むしかなくて気持ちに余裕がなくなっていた。
研究室時代の激務に比べて就職後の今の環境はかなり優待なのもあり、やっと自分が歩める道とゴールを見出せたところだった。
『詮索しないのがお前達のルールなら俺からはもう聞くことも言うこともねぇよ。跡部には直接お疲れって言って来るわ。旦那のテメェより先に労ってやんぜ。じゃあな!』
目の前のパソコン画面の中で岳人が悪人顔で舌を出し、一方的に通話は切られた。
真っ暗な画面に残された自分の顔がなんだか寂しそうで虚しい。
手元に握られたままのスマホを改めてスクロールして記事を読み、どこか他人事の様な感覚で文字が流れていった。
跡部は引退したら次はきっと経営の方に入るんだろう。
このところホテルで打ち合わせが続いていたのは次のビジョンに向けての布石で既に動き始めているのかもしれない。
今日本にいる、と言うことは新拠点は日本にするつもりなんだろうか。
実物の跡部に会うのは年に数える程度で連絡も頻繁にしあってはいなかったし、どんどん有名になっていく彼の隣に立てている実感は未だ全然ない。
媒体を通して見る跡部の指はいつも何も飾られておらず、自分の左手の薬指だけが重い孤独を表している。
手を高くかざして照明に光を当てれば薬指の光は眩しく反射して俺の目に輝きが刺さる。
それ程俺と跡部はこの5年で離れたのだ。
あの時抱いてしまえば良かったのだろうかと今更ながら考える。
そうすれば跡部は今もこの部屋で俺の隣に座っていたのかもしれないと。
そんな未来もあったのかもしれない。
「好きやったとしても、もう一緒におれへんのかなぁ…」
自分に言ったのか、それとも今は遠い跡部に言ったのか。
言い慣れない好きと言う言葉に違和感だけが残った。
「ドクター、先日の写真の件ですが新しく撮り直したものが欲しいと連絡がありました」
「…そうですか。では総務部にかけあって新しい証明写真用意してきます」
先週と同じ若い研究者がそんな雑務のためだけに表情もなく俺に声をかけ離れていった。
――なんでいち研究者の顔写真にそんなこだわるねん。
彼の姿が見えなくなってから小さくため息をつくと瞬間頭に痛みが走りこめかみを指で撫でつけた。
どこの階にいるかも分からない社内の総務へメッセージを飛ばし、手元のコーヒーを煽ると今度は喉の奥がひりつく感覚がして眉を顰める。
そういえば朝から少し額が熱く感じている気もする。
久しぶりに風邪でも引いたのかとデスクの引き出しから新しいマスクを取り出して装着すると、先程送ったメッセージにレスポンスが着き夕方のスケジュールに撮影が組み込まれた。
早退をしようかと思案したが、面倒な事は早く終わらせておきたい。
特に何度も俺に声をかけなくてはいけない彼の仕事を思えば今日中に片を付けたかった。
体調が悪いと言っても軽い風邪だろう。
もう一度痛むこめかみを親指のハラで押し、なるべく早く業務を終わらせることに集中した。
最近は研究以外に知財の仕事も手伝っている為ほとんどディスクに齧りついている。
子供のいない既婚者は会社としてもとても動かしいやすいんだろう。
しかも別居状態なら尚更に働き盛りだ。
夕方撮影の為に席を立つまで自分の体調を忘れるほど仕事に忙殺した。
流石に立ち上がった時にフラリと足元が揺れた瞬間はヤバいと感じた。
マスクをしていて分からなかったのもあるんだと思う。
会議室で証明写真を数枚撮ってる最中にカメラを持った総務の人に顔色が悪い事で早退を強く勧められ、ありがたく従う事にした。
地下鉄に乗る元気もなくタクシーを呼んでまっすぐ家へ帰ると、部屋に一歩足を踏み入れた瞬間俺の意識は朦朧としたままブラックアウトしていった。
ガンガンと響く頭痛と共にユラユラと意識が覚醒した。
全身の違和感が凄く体を動かそうとする脳の命令がうまくいかない。
体が沈み込んでいる感覚で自分がベッドに寝ているのは分かる。
重たい瞼を何度か瞬き朧げな目線だけで時計を探すと枕元の表示が五時を指していた。
いったい今はどう言う状態だろうと考えを巡らせていると扉の向こうから微かな生活音が聞こえてくる。
その音にまさかと心臓が跳ね神経を耳に集中させた。
足音と食器の音、そして誰かが話している様な声が遠く聞こえる。
それを聞いてなるほど朝の五時ではなさそうだと冷静な思考も働き出した。
探す様に手元だけのろのろと動かせばすぐにスマホを見つけられた。
未読メッセージと不在着信の量に驚愕したのと同時に部屋の扉が開いた。
「…!起きたのか」
手元に水と保冷剤を持った跡部が驚いた顔をして部屋に入ってきた。
久しぶりに見た顔に息が詰まり涙腺が緩むほどホッとしたのが分かる。
「まだ熱は下がってねぇみてえだから水分とって寝てろ」
「……どう言う状況?」
「昼にお前が出社して来ないと俺に電話があった。様子を見に来てみればソファーでお前がぶっ倒れてたんだよ」
「…ほな跡部が部屋まで運んでくれたん?…着替えも?」
「さっきまでいた医者にも手伝ってもらったがな」
優しく笑いかけ、動けない俺の額の上に保冷剤を乗せて来る跡部にグワっと心臓が揺さぶられる。
今すぐ手を伸ばして掻き抱きたい衝動に駆られるが、力の入らない手ではそれが叶わない。
「跡部…」
「ん?どうした?…辛いか?」
こんなにも優しい跡部を初めて見た。
俺の髪を顔から払いながら覗き込む表情は心配と慈愛に満ちてる。
風邪で自分が心細いから余計そう見えるのもあると思うが、今ここに跡部がいる事にどうしようもなく安心する。
「…そばにおってくれて嬉しいわ。ずっと会いたかったんやで」
「……そうか」
「話したい事あんねん。聞きたい事も」
「良くなったら聞くから今は寝ろ」
「…寝てる間にいなくならんでな」
「ここまで弱気なお前は初めて見るな。俺はここにいるからもう休め」
ベッドサイドに腰掛けクスリと笑った跡部が俺の頬を撫でた。
そのままひんやりとした跡部の指が俺の目元を覆って目を閉じる様に促して来る。
暗い掌のシルエットの中で薬指のリングが重く光っていた。
その後も跡部はずっとそばにいてくれた。
時々寝苦しさに目を覚ますと必ず「どうした?」と言う声と凛々しい顔が覗き込む。
冷たい体温計を力の入らない俺の上着を開き、手を差し入れて何度も計っては計測される数値を見て眉をしかめて小さく息を吐いていた。
似合わず甲斐甲斐しい扱いだなとそれを笑った俺を見て安心した様に「元気そうじゃねえか」と跡部も笑ってくれる。
「跡部、仕事は平気なん?」
「大丈夫だ。そんな事お前は心配しなくてもいい」
「心配するわ。……引退まで時間ないんやろ?」
「身内が倒れたのに仕事を優先するわけないだろ。お前の会社にも完全に治るまで休むと伝えてある」
熱のせいでうまく舌がまわらないのに頭の中は今まで起きた事のない跡部との会話で高揚してる。
考える前に口から言葉が出ていってしまう。
「…引退するっていつ決めたん?」
「……」
「知っときたかったわ、流石に…」
「体力的にピークの内に辞めようとは思ってたんだ。三十間近でちょうどいい頃合いだ」
「そうなんや。…日本戻るん?」
「その予定だ」
「……いつ?」
俺の質問に押し黙った跡部がジッとこちらを見てくる。
俺からの言葉を先に待っている様で、あぁそうかと思った。
「……すまん」
「…謝るな。仕方のない事だ。…来年にはこの部屋を出る」
その言葉に心臓がバクバクと煩くなる。
痛みも伴うその速さに跡部を見る俺の顔が歪んでるのが分かる。
でも仕方ない。
俺は今跡部に着いていくことができない。
「…寂しなるな」
「ほとんど一緒に住んでなかっただろ」
「それでもこの家にいれば跡部が帰ってくるって確信があったから会えなくても平気やった。……それももう無くなるなら俺らどうなってまうんやろな」
小さくなっていく俺の言葉を聞いて跡部が少し苦しそうな顔をした。
「悪い…」
「……跡部こそ何を謝るん?謝る事ないやろ」
「俺はお前のことを何も理解できてない。お前の考えも仕事のことも。…今回電話をもらうまでお前が普段どれだけ孤独だったのか分かってなかった」
「……そんな事あらへんよ。寂しさより俺は仕事のが必死やったから」
眉間に皺を寄せて俺の言葉を聞く跡部が俺よりも寂しそうに見える。
大きな懺悔をしてる様に悔いる跡部の様子に、気だるい体をゆっくり起こして近づき目線を合わせた。
「俺はワンポイント取る事の難しさを知ってる。コートの熱気と暑さでぶっ倒れそうになる感覚は未だに俺の肌が記憶してるんや。なのに、…知ってるのに跡部が辛い時に俺は寄り添えてへん。何のための結婚だったんか何度も自問したで」
「…後悔したのか?」
「後悔って言い方やと跡部との結婚が失敗みたいになるからそれは違う。なんやお互い似た事考えとったんやなって今ホッとしたとこや」
ヘラリと笑った俺を見て跡部も安心した様にクスリと笑った。
「そうだな、充実はしていた。お前の存在は俺がテニス一本で頑張れる力になってたさ」
「……やっさしー」
「風邪の時くらいはな」
「ほんなら俺ずっと風邪ひいときたいわ」
「馬鹿なこと言ってないで早く治せ」
そう言って笑って立ち上がると俺の枕元の保冷剤を持って跡部が部屋から出ていった。
怪我の功名とはこの事だなと布団に潜りながら思う。
来年跡部がこの部屋を出ていくと言う事実が悲観する事じゃ無い様に感じる。
まだどうすべきかの答えは出ていないのに俺は満足感に満たされてそのまままた深い眠りについた。
「ええ、熱は下がりました。――そうですね、その方が助かります。いえ、―よろしくお願いします」
耳元で聞こえる少しノイズの入った話し声が「お大事に」と言ってプツリと切れた。
すっかり良くなった体を伸ばしてベットから立ち上がると昨夜とは体の軽さが全然違う。
朝の明るい日差しの差し込むリビングへと出れば跡部がキッチンの方で何やら作業をしている。
その姿を見つけた瞬間にコーヒーの良い香りが漂い、誘われる様に跡部の元へ「おはよう」と寄った。
「今日は休めるのか?」
「休めって言われたわ。明日休日だし、週明けまでゆっくりしろやて」
「その方がいいだろ。まずは食事にするか。病人食じゃなくて大丈夫か?」
「構わへんよ。めっちゃ腹減ったわ」
コーヒーを入れる手元の横には近所のベーカリーのマークの入った紙袋が置かれている。
いつの間に買いに行ったんだろう。
戸棚から大きめの皿を出し紙袋からパンを移してテーブルに運んだ。
その後ろを二つのカップを持った跡部が追いかけて来て腰掛ける。
「いただきます」と一言言って取りやすい位置にあるロールパンに手を伸ばし口にすると余程空腹だったのか止まる事なく一気に平らげてしまった。
跡部はサンドイッチを口に運びながらノートパソコンを叩いている。
リズム良くタイピングが走る音を聞きながらこうして跡部と朝食を取るのはどの位ぶりだろうと考える。
いつもは硬さしか感じないフローリングの床が日差しを受けて暖かく俺の足元を温める。
「コーヒーもパンもうまいし、跡部もおるなんて。贅沢やな」
「そうかよ」
「…これからもっと貴重になるんやろな」
「……」
手元がピタリと止まり黙ってしまった跡部を見てフッと笑ってしまった。
俺の為にそんな顔をしてくれるのが何より嬉しい。
「ごちそうさま」と言って席を立ち、食器を流しに片してシャワールームへ向かった。
汗を吸って重い服を洗濯機に入れコックを捻り温かいお湯を浴びると風邪と戦い疲れた体が解れていく。
今日をどう過ごそうか。跡部はこの後仕事に向かうのか。これからの事を話さなければ。
悶々と浮かぶ頭の中とは反対になぜか未だに不安はなりをひそめている。
実感が湧かないだけなのかもしれない。
シャワーを終えてタオルドライをしただけのままリビングに戻るとちょうど跡部が自室から出て来た。
さっきまでの穏やかな空気と違い真剣な顔にドキリとした。
「――するぞ」
「は??……ちょ、待ってや。俺病み上がりやで」
跡部が着ているシャツに手をかけながら俺のそばにくる。
その行動を見て後退った俺を、不満そうに跡部が顎を上げ眉間に皺が寄った。
「ごちゃごちゃ言ってねぇで早く脱げ」
「なんで少し怒ってるん?なぁ、まずは話しようや」
「何をこれ以上話す事がある?俺達に必要なのは会話か?」
床へシャツを脱ぎ捨ててベルトに手を伸ばす姿は誘っているというより喧嘩を売っているみたいだ。
スラックスを脱いで下着だけになった跡部が俺の腕を掴み上げ引き寄せる。
ジッと目を見つめられたかと思うと、トンと跳ね上げる様にそのまま口付けられた。
押されるまま後退りした為背中がリビングの壁にぶつかると身体ごと跡部に押さえつけられ逃げ場がなくなる。
そんな乱暴な仕草に対して唇に降る跡部のキスはまるで行為を楽しむ様に戯れて官能的だ。
「病み上がりだと言うなら俺が全部やる。本気で嫌なら今すぐ突き飛ばせ」
「……嫌やなわけないやろ。もうええわ、知らんで」
「――!」
押し返す様に顔を突き出して跡部の唇に食い付けば、その反動で体制を一瞬崩した跡部の体を支え、そのままソファーに押し倒した。
荒い息で互いの唇を堪能しながら跡部の素肌を弄り突起を指で押し摘んだ。
「ん、……っ」
甘い吐息が唇から漏れるのを良いと判断して硬くなったそこを執拗に指で弄ぶ。
身体がビクリと揺れるのに堪らず唇を突起に寄せて吸い付き舐め上げれば解放された口内から跡部の荒い息だけが聞こえる。
明るい朝の光が肌をいつも以上に白く見せるから濡れた濃いピンクがいやらしくてクラクラした。
「あかん、もう痛いくらい勃起しとる。すぐでそうやから一回出してもええ?」
「…ん、良いぜ。俺も…」
シャツを脱ぎ捨てスウェットを下着ごと下ろし、既に勃ちきっている俺の性器を跡部の取り出した熱と一緒に手で覆い撫でる。
「はっ……、もうちょい濡らしたいな。なんかある?」
「っ、そこに容器がある、」
互いの先走りが指先を湿らせて亀頭を滑る。
その刺激に息をつまらせながら跡部が指さしたサイドテーブルを見れば見慣れない容器が置かれていた。
「エロ過ぎやで、こんなん用意して…」
蓋を持ち上げて重なる雄に遠慮なく潤滑剤を垂らすと滑りが良くなった手からいやらしい水音が鳴った。
「っは、…やべえ、気持ちいい、忍足…、」
「俺も、……はぁ、跡部、……俺もうイクわ、っは、」
「――んん、っ!」
勢いよく手の中でイッた俺のすぐ後にグッと跡部の太腿の筋肉が締まって震える。
自身の快感に震えつつもしっかり目を開いて見れば、口を押さえて声を殺しながら俺の手でイく跡部が目の前にいた。
「……やっば、アカン……」
「……はぁっ、……はぁ、……っ!」
荒い息で快感の余韻に浸る跡部に夢中で口付けると苦しそうにしながらも俺の舌を必死で受け止めている。
キスをしたまま空いた手で跡部の尻の狭間に指を差し込むと垂れた潤滑剤もありスルリと第一関節が入り込んでしまった。
そのあまりの柔らかさにびっくりした。
「何ここ、なんでこんなエロい事なってるん?」
「…っん、…用意しておいた」
「嘘やろ?自分で?」
恥ずかしそうに赤くなり顔を背けた跡部に心臓が持っていかれる。
俺が長年ずっと抑えていた欲情が決壊して一気に溢れた。
「もしかして、コーヒー淹れてる時にはもうこんななってたん?」
「…っや、……っ」
「跡部ってこんなエロかったん?」
「あっ…!も、お前も、……大概だろっ、」
あっという間に中指が根元まで収まってしまい、中のうねりと熱さに興奮ですぐ勃起してしまった。
「見して」
「なっ、……っ!」
膝裏を持ち上げて臀部の下に俺の腿を押し込む事で俺の指が収まってる場所があらわになった。
精液に塗れた俺の指を収縮して飲み込むソコに人差し指も差し込むと、跡部の太腿が震える。
力を抜こうとしている縁を助ける様にぐるりと撫で回して中を揺するとその度にビクビクと跡部の足が跳ねる。
「感度良すぎるけど初めてやんな?男知っとったら泣くで」
「ふざけんなっ、……っ!誰がこんな恥ずかしい事他の奴とするかよっ」
「良かったわ。……俺だけしか知らんのや」
「……っ」
「ここ入るの、生涯俺だけやで」
「……あ、……っう、あっ」
指を引き抜き俺の熱をそのまま押し入れていく。
ピッタリと纏わりつく跡部の柔らかな内壁が俺の勃起した熱を全部隙間なく包み込み、一つになったと実感する。
「ホンマは、初めてはもう少しロマンチックにしたかったんやけどなぁ…、」
「……っ、何年も我慢したんだ、思う存分ヤろうぜ。……っは、動けよ、」
「……痛かったとしてももう止められへんで」
「上等だ……っ」
挑発的に笑った跡部の余裕を崩したくて遠慮なく揺さぶった。
跡部の中で俺の熱が擦れる度にいやらしく水音が鳴る。
グチュグチュと鳴る音が眼下で目を閉じ快楽に身を任せる男から出ていると思うと俺の熱がまたグッと硬さを増した。
更なる快感を与えたくて空いた手で少し柔らかくなった胸の突起を爪で軽く引っ掻くと鳥肌が立った様にすぐに硬く尖った。
「……っ、絞るやん。エッロ…」
「出して、大丈夫だっ、……は、」
「中出してええの?…っあー、もうあかんっ、絶対もう離れられんくなったで」
ガツガツと腰を進め蹂躙された中にある頂点を必死に突き上げる。
自分本位な動きなのに跡部はされるままに俺を引き寄せ腕を俺の背中に回した。
耳元で「忍足」とうめく声が色っぽくゾクゾクと背中が震える。
「っは、…7年分しっかり堪能しろ、」
「……イク、イクで、……っ、……っ!」
最奥で動きを止めて射精に身を任せているとその間も跡部の中が俺を追い詰めるのがわかる。
ビクビクと震えながらイク俺の振動と中に出された感触があるのか跡部の腰がもっとと強請って揺れる。
追い立てる様に深く俺の熱が刺さったままで跡部自身を手で擦りあげれば中の粘膜がうねりながら跡部もイった。
「……っはぁ、はぁ、……っ、最高すぎるやろ」
「…ん、はっ、は」
ずるりと硬度を保ったままの性器を抜くと、ぽかりと開いたピンク色の穴がゆっくりと閉じていく。
「うつ伏せになって。尻あげてや」
「っ、休憩なしかよ…」
「もう猿みたいに止まらんわ。言うたやろ、抱き潰してまうって」
言われた通り背中を見せた跡部の中にまたゆっくりと押し入った。
体制が楽になった事でより一層快感だけを集中して拾える。
さっきまでの荒々しさとは真逆に味わう様に行き来すると跡部の中が敏感に俺の熱を締め付ける。
「はぁ、…跡部、この家に帰ってきてや。そしたら来年、俺も日本行く」
ユルユルと腰をゆすりながら表情の見えない跡部に投げかける。
じわじわとした快感が下腹部に溜まって爆発する瞬間まで蓄積しているみたいだ。
「…仕事は?……っ」
「一年で成果出す。無理やわ、…こんなん味わったら毎日だってしたくなるやんか」
「……っん、すけべな奴だな」
「ええねんもう。今更カッコつけてもしゃあないやろ」
「……っ、……あ」
尻を割り俺の性器が出入りしてのを視姦する。
背中越しに息も絶え絶えに喘ぐ声が聞こえなかったらとても跡部を抱いている実感など持てない。
「はっ、……っ、こんな美味いもんずっとお預けしとったんやな」
「あ、……っは、もっと、…っん、」
「こんな風に抱いてしまって、…引退まで黒星続いたらどないするん?……っはぁ、」
言葉では跡部の黒星を心配するのに体は全く遠慮せず跡部を犯し続ける。
肉の叩く音と一緒にリズミカルに髪が揺れて淫らなのに跡部はとても綺麗だ。
すっかり俺の性器の形に馴染んだ跡部の中からずるりとくびれまでギリギリまで引き抜くと内肉が追いかける様に閉まる。
すぐさま閉まりきる前に再び抉る様に中にねじ込むと跡部が背中を反って喉の奥で声にならない呻きをあげた。
苦しそうな、けれど甘く物欲しげな声に何度も同じ様に突き上げる。
「――あ、……ああっ!」
「……っ、力抜いて、もっと奥行きたい」
「それ以上はいんねぇ……っ、う、……っぐ、」
「入るで、……ほら、いれてや」
「……っ!!」
後ろから抱える様に跡部の身体を起こして俺の上に座る形を取れば体重のかかった跡部の尻に楔が奥深く刺さった。
そのまま腰をグラインドさせるとグプリと音を立てて中の壁が下に降りて俺の先端が最奥に入り込んだのが分かる。
「あー、気持ちええ、……初めてのエッチでこんな奥まで犯して、ホンマ自分が怖いわ」
「あ……?、っは、……っ」
「跡部動けそう?こっち向ける?」
「……ふっ、…っや、あ、あ、っ!」
快感からか少し震える跡部の脚を掴み、持ち上げてこちらを向く様に身体ごと捻り回せば深く刺さったままの俺の熱が中で擦れて跡部が腰を反らせる。
ギュウギュウと収縮し跡部の全身が硬直したのを見てドライでイッたのだと理解した。
「いやらし…、……気持ちよかった?」
息も絶え絶えに頷き脱力して俺の胸に倒れ込んで来るのを抱きしめて深く口付ける。
跡部の苦しそうな息すら全て飲み込んでしまいたくて喉奥まで舌を突き入れ漏れなく口内全てをしゃぶり尽くした。
蕩けた表情で俺を見下ろす彼がいつもの強気な目とは違い守りたくも壊したくもなる。
俺しかこんな彼は知らないのだと優越感と興奮で脳が狂いそうだ。
「好きや、跡部、……っはぁ、……ん、好き、めっちゃ好きっ」
力のない跡部を下から突き上げひたすら好きだと揺さぶった。
熱くて暑くて跡部の中で俺の性器が溶けてしまうのではと思うくらいぐちゃぐちゃに交じり合う。
「……っ、…俺も、……愛してる、」
「――っ!、……っく!!」
赤い頬に泣きそうな程目が潤んだ跡部がキスの合間に俺を見つめてそう言った。
初めて貰えた愛の言葉で勢いよく快感が弾けてしまった。
身体をキツく抑え込んで下に降りてきている結腸へ俺の精液を一滴残さず奥に注ぐ。
ぬるりと蠢く跡部の中が喜ぶ様に俺を受け入れてくれる。
こんな無茶なセックスをあの頃していたらきっと跡部を壊していただろう。
抱きしめる跡部の身体は5年前と比べて柔らかな筋肉で仕上がっている。
「はぁ、頭おかしなる…、まるで麻薬やな」
出し切っても尚ゆらゆらと揺れる腰がまだまだ出来ると物語り復活の兆しが出ている。
身体を起こし抱き合う形を取れば腹の中で再び硬くなった俺の熱がゴリッと角度を変えたのを跡部が感じたらしい。
「……っお前、底無しかよ、」
「せやから何度も言うてるやろ。抱き潰すって」
「せめて休憩させろ、……っんん!あ、――や、」
逃げようと腰を浮かせた跡部を捕まえて、押さえつけて再び中に収まるとすかさず柔らかな内壁が俺を締め付ける。
「こっちももっと可愛がりたいし、まだまだ終わらへんよ」
「もう出ねぇよ、……っう、や、あ」
「んな事あらへん、跡部さっきナカイキしたからまだ出るで」
「っひ、――う、っ」
くびれの部分と敏感な先端をしつこくヌルヌルと弄り回すと首を左右に振って必死に制止しようとする跡部が俺の持ってるはずのない嗜虐心を掠める。
「やだ、出るっ、それやめろっ、!――やっ、――――!!」
「――っう、」
慌てる様に俺の手を払おうとするのを無視して強引に絶頂まで引き上げると鳴くような高い声を出して跡部の白濁が勢い良く俺の手を汚した。
強すぎる快感に息が止まった跡部の中が痙攣して俺の性器を粘膜で舐め回す。
「はっ、はっ、っあ、――?ま、……まて、」
「待たへんよ、今ので完全にまたスイッチ入ったわ」
「むりっ、おしたり、っひ、っ……、!」
「責任とってや、…誘ったの跡部やで」
のしかかる様に跡部の上に被さって胸の飾りを指先で摘んで引っ張り柔らかい跡部の中をしつこく行き来する。
ビクビクと震える身体が俺のやる事を全て許し受け入れて喜んでいる様に感じる。
こんなにも好きが溢れてしまうなんて思いもよらなかった。
今まで離れて暮らせていたのが信じられない。
「跡部、あとべ、……好きやで。…結婚して良かったって思ってくれるか?」
「ばか、――っ、あたりまえだろ、」
ポロリと跡部の右目から涙が溢れた。
あまりに綺麗なその雫を唇を寄せて泣き黒子までなぞる様に舐めとる。
「――今日は一日中、シよな」
耳元でそう低く囁くと震えた跡部の吐息が聞こえ、歓喜の声をあげる様にお互いの結合した肉が再び蕩けるのを感じた。
病み上がりとは思えない体力でそのまま夜まで抱き合った。
時折流石に気絶する様にお互い休憩をしたが、すぐにまた回復してはベッドや風呂で何度も求めあった。
何回イったのか分からないほど精も互いにとっくに尽きていたのに快楽のまま貪り7年を埋めた。
「やり過ぎだ」
「やり過ぎたな」
ぐったりとベッドに二人倒れて掠れた声を出す。
シャワーを浴び終わって気怠い腰をマットに沈み込ませればそのまま動けなくなってしまった。
「若いまんまで性欲止まってるんやろなぁ。暫く跡部見る度にムラムラしてまうかも」
「性欲バケモノめ」
「そんなバケモノに付き合える跡部も相当バケモノやで」
それを聞いて跡部が俺の方に身体を向けてクスリと笑った。
口では悪態を吐いていても満更では無さそうだ。
向き合い指先を絡ませてそっと触れるだけのキスをする。
さっきまであんなに激しい行為をしていたのに、たったこれだけで心臓がドキドキと高鳴って初めてのキスの様に緊張した。
「…引退試合になる最後のツアーにお前も着いてきてもらうことは可能か?」
「いつなん?」
「来年の夏」
「ええよ。絶対勝てる様に側におる」
嬉しそうに笑った跡部を堪らず抱きしめれば温かい腕が抱きしめ返してくる。
この7年この腕を失う事を恐れたことは無かった。失う事はないと信じていたから。
俺たちは友人だったからこそ不必要な言葉は選ばず、常にその時に必要な言葉だけを伝えていた。
初めから恋人だったとしたらきっとお互いを自分に染めようとして失敗していたかもしれない。
好きと言う気持ちだけで何でも乗り越えられると勘違いしたかもしれない。
いつだって自分の道は自分で選んできた。
それは他ならない跡部の為、跡部のお陰だ。だからこそ隣に立つ準備はもうできている。
この先は跡部に絶対一人では行かせるつもりはなかった。
次の年の夏は例年より少し涼しく、跡部に味方する様な気候だった。
初日から快調にスタートした跡部は圧倒的な強さでどんどん勝ち進んでき、今まで自身が到達したことのなかったランキングまで登りつめた。
だが、全世界が跡部の引退を見守っている中ある試合の中継中に映り込む俺の顔がアップで抜かれた。
新しいメンタルトレーナーかと報道側が調べたら極秘扱いされていた跡部の結婚相手だと判明して試合内容よりもそっちに世界が飛びついた。
元日本代表のアマチュアプレイヤーの経歴で中学時代からの関係だと紹介されると面白い事に跡部と俺の会社の株価が上がった。
往々にしていつの時代も無銘時代から支えるパートナーは評価されるものらしい。
「もっとマシな写真なかったのかよ」
「ほんまやなぁ。もう一度写真載るくらいの仕事日本帰ってからせんとな」
ニュース番組やゴシップ誌に取り上げられた俺の顔写真は、顔色が土の様に悪く生気のないあの日の白衣姿の写真だった。
こんな使われ方をするとは思っても見なかったから適当に撮ってしまった事を今更ながら後悔する。
ただ、それもあって社内のチーム論文が注目を浴びる事になり俺の転職がスムーズに受け入れられたのは不幸中の幸いだ。
岳人や謙也からは笑いのネタとして何度も連絡が来てウンザリしたが、堂々と祝える祝福の気持ちもあったのだと思う。
「さて、行くか」
「そうやな」
キラキラと光るスタジアムの照明が選手口に差し込み跡部を照らす。
そんな中一歩踏み出そうとする跡部の手を引き影に誘って口付けた。
「無様に負けんといてな?俺がおるんやから」
「いつかと違って強気じゃねーの」
「俺が側におって跡部の調子が悪かった事なんか一度もあらへんやんか。いつの時代も」
「確かに」
不敵に笑った跡部がお返しとばかりに俺の口を塞ぐ。
試合前に随分と余裕だと思うが、これこそ俺がいる意味だ。
ラケットバッグを肩に担いでコートに向かう後ろ姿のシルエットに眩しく目を細める。
勝っても負けても、俺は必ずここに居ると誓ったリングは跡部の薬指で光を反射し跡部自身を照らしていた。
お互いを信頼してるから大きく拗れない大人な2人です。
pixiv
Sketch
FANBOX
FANBOXプリント
pixivコミック
百科事典
BOOTH
FACTORY
pixivision
sensei
VRoid
Pastela













