


「ただいま戻りましたー」
「おかえりなさ…ん?あれ、ハヤトさん顔のとこどうしたの?」
風呂から上がり、濡れた髪をタオルで押さえながら僕のいるソファーの隣に座るハヤトさん。
その右耳から顎の中間くらいに、細く赤い線がスッと伸びていた。
今日のろふまお塾の収録でもいつものように隣に立っていて、彼の顔もみる機会は多かったはずだがこんな傷はなかったように思う。
収録が終わって共にハヤトさんの家に帰ってきたが、その間に怪我をした様子もなかった。
腕を伸ばして指先でそっと赤い線をなぞってみるが、見た目に反して傷は全然浅そうだ。
今日できたというよりも数日前にできたものが治りかけているといった具合だ。
視線を上げてハヤトさんをみると、少し恥ずかしそうに笑っている。
「あー、実は昨日ひげ剃りで失敗しちゃって…。普段使ってないものを使ってしまったからか、朝急いでいたからか分かんないですけど、こう、うまい具合にスッと…」
彼が、どんなものでも刃物の扱いにはやはり慎重にならないとダメですね、と笑うのを聞きながら傷跡に視線を戻す。
「ふーん、ひげ剃りでねぇ」
同級生や先輩にもひげが生えたという人は居るが、自分には今のところ馴染みのないその単語。
口に出して繰り返してみるがイマイチしっくりこないなと思う。
体質的なことで生えやすい生えにくいがあるのは分かっているが、なんとなく「大人の男」のイメージの1つにあるから少しだけ憧れる。
この傷は昨日できたと言っていたが、収録中や帰り道で気が付かなかったのは化粧で隠していたからだろう。
それが風呂で落ちて、且つ血行が良くなったからより赤みを増して傷跡が浮かんでいるという訳らしい。
ふと先日のろふまおのコラボ配信を思い出す。
「良かった。顔に傷があるのに憧れすぎて自分から傷つけた—とかじゃなくて」
「嫌すぎるだろ、ひげ剃りで傷残すの。しかもそんな目立つとこじゃないやつを。やるなら私はルフィくらい目立つとこに入れる」
「それするなら『にぃ』ってちゃんと言ってくださいね」
「あーー、いやだからあそこのにぃはめちゃくちゃ邪魔なんですって。いやだぁ…。何か色々思い出してきた。もう絶対にやらないからな私は。なんてこと思い出させるんですか貴方」
社長の前向きフェニックスのお披露目、同時視聴した時に僕を含めた作曲陣で不満が残った所を指摘して誂えば、頭を抱えて心底嫌そうな顔をしている。そんな彼の様子が可笑しくてつい笑ってしまう。
「んふふ。ルフィみたいな傷作った社長が歌う前向きフェニックスは見てみたいけど」
「だからやりませんってば、傷は憧れますけど。あとルフィよりもシャンクスみたいな傷跡の方がいい」
「ンハハハッ!良いんだよどんな傷にしたいかはw」
「重要だろ。絶対に」
「アハハッ!どんだけ憧れてんだアンタww」
ちゃんとした大人らしさを有しながらもいつまでも子供心を忘れないというか、なんなら子供以上に拘りを持っているのだから、そのギャップが可笑しくて笑いが止まらない。
どうしてかそれが妙にツボに入ってしまって、痛くなってきたお腹を抱える。目には涙が浮かんできた。
ぼんやり滲んだ視界の先ではさっきまであんなに嫌そうな顔をしていたハヤトさんは今度は何でか満足そうに微笑みながら見ている。
「大丈夫ですか?」
「誰のせいだ、誰のw」
しれっと言ってくるのがまた笑いのツボを押してくるから勘弁して欲しい。
平常心、平常心と必死に心を落ち着かせてどうにか普通に話せるようになるまで回復させる。
相変わらずハヤトさんは僕の様子を楽しそうに見ている。
全く一体何がそんなに楽しいのかはわからないが、まぁ彼が楽しそうなら良いだろう。
はぁー、と息を吐いて両手をハヤトさんの顔に伸ばす。
「でもあまり顔に傷つけないでくださいね。僕、貴方の顔好きなので」
くい、と添えた手を少し動かしてハヤトさんの顔がよく見えるようにする。
鋭く力強さを感じさせる瞳もスッ通った鼻筋も、無駄のない美しい曲線を描いた顔のラインも、全てが揃って完成されたとても価値の高い美術品かのよう。
見飽きることのない整った顔立ちだ。
顔の傷くらいでこの人の価値が下がるなんてことはないし、何なら上がる可能性も無くはないが…。
しかし傷がついてしまっては今の美しさは損なわれてしまうもので、それを手放してしまうには勿体ないなと思ってしまう。
内面だってもちろん好きだけれど、この美しさを持った顔だって加賀美ハヤトを構成している重要な一部だから。
もし顔に傷が付くのならばと考えて1つの想像が浮かんでくる。
「そうだな〜ハヤトさんが周りから爺さんって呼ばれる年くらいになったら顔に傷あってもいいよ。背筋がピンと伸びて威厳があるかっこいい爺さんになってるはずだからね。そういう爺さんに残ってる顔の傷ってめちゃくちゃカッコよくない?絶対似合うって」
僕はかっこいい爺さんには憧れているから、ならばハヤトさんはどうだろうと考えてみると、かっこいい爺さんになっている姿しか思い浮かばない。
きっと人気投票でわりと上位に食い込んでくる強い爺さんになってる。強い爺さんといえばやはり顔に目立つ傷は付き物だろう。
自分の想像力の豊かさにちょっと笑えてくるが、かっこよく在り続けているハヤトさんの隣に自分が居る所まで夢見ている。
「…それは私がお爺さんになっても貴方が側に居て私を見ていてくれるととって宜しいのですか?」
ふいにハヤトさんの右手が僕の手に重なった。
細く整った眉が下がって、縋るような目で僕を見ていた。
予想外の反応に一瞬思考が止まる。
不確定な未来への恐れか、時間を止めた者と時を進め続ける者との広がり続ける差への憂いか、単純に同性同士という関係性故のことなのか…。
考えられる要点はきっといくつもあるのだろうが、それでも僕にはハヤトさんが何でそんなに不安気な表情をするに至ったのかはよくわからなかった。
「ふふ、何急に不安になってんの?というかハヤトさんこそ爺さんになったくらいで僕が離れると思ってたの?心外なんだけど」
自分なりにきちんと色々なことを考えて、考え抜いた上で、ハヤトさんと共に居たいと、愛する気持ちに蓋をしたくないと思ってこうして側に居るのだ。
全く僕の覚悟を舐めないで頂きたい。
そう言うと、彼の目がぱちりと瞬いて、今度は嬉しそうに、愛おしそうにこちらを見つめてくる。
「—いいえ、いいえ。刀也が私を好きでいてくれていることはちゃんと分かってます。例え貴方が離れるって言ったって、私は絶対離しませんから」
「もう、だから離れないってば…」
正面から好意をぶつけられるのは嬉しいがやはり少し気恥ずかしい。何にせよ不安気な様子がなくなったなら何よりである。
「顔の傷は刀也の許可が出てからにしますね」
かっこいい大人にも、お爺さんにもなってみせますから側で見ていてください、と言いながらハヤトさんが僕を抱きしめる。
いつの間にか僕の許可が必要になっている事に笑いながら、僕もハヤトさんの背中に腕を回す。
抱きしめてくる力が強くなって少し苦しい。
力を緩めろと背中をタップすると、ゆっくり身体が離れる。
自分がゴリラなことを自覚しろ、と誂おうと口を開く前に右手に何かが触れてきた感触に驚く。
「…ところで」
当たり前だが右手に触れてきたのはハヤトさんで、手の甲を包むようにされたかと思うとゆっくりとその手をハヤトさんの頬に沿わせるように当てさせられる。
あ、スイッチが入った、と思った。
「傷に因んだ話なんですが、私の背中への傷は遠慮せず付けてもらって構いませんからね。…刀也が刻んでくれるその傷も私にとっては嬉しいものですし、何より遠慮されて貴方が自分を傷つけるよりよっぽど良い」
「…ッ!」
それを態とこちらに見せつけるように手首にキスをした。
欲の火がチラチラと目の奥に灯っているのが見え、思わず喉が鳴る。
「髪乾かしてきますから、ちょっとだけいい子にして待っててくださいね。ここでも良いですし先に寝室にいてもらってもいいですよ」
「…今日、するの?」
「ふふ、準備してきてくれてるくせに」
空いていた手が僕の背をなぞってゆっくりと降りる。
ゾクリと身体が粟立つ。
今日はシようだとかを予め聞いていた訳では無いが、明日はお互い何も無い休みだ。だからきっとセックスもするのだろうと思って、先に入ったお風呂の時間で一通り準備は済ませている。
自然と慣れてきた、彼に抱かれる為の準備を改めて指摘されると落ち着かない。
「ゔっ…それは、したけどさぁ」
「うん、ありがとうございます。ふふ、今日はずっと対面でしましょうか。刀也は私の顔が好きだそうですし沢山見れて嬉しいですよね?」
「…さては顔好きとしか言ってないことへの当てつけだな」
絶対顔だけで貴方を好きになったわけじゃないって知っているはずなのに、態とそういう誂い方をするのだから意地悪だ。
「いやいやまさか。貴方も好きでしょうし、私も好きだからですよ。だって…」
彼の大きな手が今度は僕の頬を包みこんで、顔を上にゆっくりと向けさせる。
「キスもしやすいし、気持ちよくなってる声も、顔も全部よくわかる。…ふふ、抱きしめあえて、きっと今日は刀也に傷を残してもらえるでしょうから。ね、お互いイイことしかありませんね?」
甘く蕩けた亜麻色の瞳が愉しげに細められる。
先程よりも欲が灯っているのが分かり、このままだと自分で言っていたのにも関わらず髪も乾かさずに事が進みそうだ。
髪が濡れたままだからといってこの人が風邪をひくとは思えないけれど、こんなことで万が一体調を崩されたらたまったものではない。社長業としてもライバー業としても居なくなられては困る人が多いのだから。
「〜〜ッあぁ、もう!分かったからさっさと髪乾かしてきてください!」
自分もやってもらったお返しにハヤトさんがお風呂から上がったら髪を乾かしてあげようと用意していたドライヤーを押し付ける。
僕に乾かしてもらうつもりで最初は来たのだと思うが、流石にあの空気になってからはそんなほのぼのした交流は逆に恥ずかしい。
ハヤトさんは僕のそんな心境を察したのか、はたまた雰囲気を壊したくなかったか、僕の頭を撫でてからドライヤーを持って洗面台へ向かっていった。
ハヤトさんが扉の奥に姿を消えてから、大きく息を吐く。心臓の音が緊張と期待で煩い。
顔の傷の話から一体どうしてハヤトさんのスイッチが入るに至ったのか。
扉の奥でドライヤーの風の音がかすかに聞こえる。
このままここで待っていたら、多分僕をお姫様宜しく大事に抱え上げてベッドに運んでくれるだろうが、その前にここでシようとするかもしれない。
これは僕が自意識過剰なわけではなくて、過去にやられた経験からの学びだ。
何度経験したって夜の気配に遠い場所でのセックスは恥ずかしいし、不意に思い出した時の居た堪れなさが尋常ではない。ハヤトさんはそれを分かってやっているから余計にたちが悪いと思う。
だがまぁ、
「そんなとこ含めてやっぱり好きなんだから僕も大概だなぁ」
ソファーから立ち上がって、くるりと身体の向きを変える。
僕の腰と喉を中心に明日の身体が使い物にならなくなるくらい沢山の愛をこの身体に刻んでくれるだろうから、代わりに自分は愛しい恋人にお望み通り傷を沢山刻んでやろうと思う。
きっと貴方は嬉しそうに笑うのだろう。
口元が自然と弧を描いているのを感じながら、寝室に入り扉を閉めた。
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本番はありませんが、性行為を匂わせる表現をしている為年齢制限かけてます。
最近kgtyの熱が凄いです。